when to cry
-chapter 1-
ゆらりと体が動く。
それによって、は目を覚ました。何時の間にか、駅に着いていたようだ。
仕事を終えた後の電車は、いつも眠ってしまう。
最終で降りるわけではない彼女は、乗り過ごす事が多かった。
は、その事に反省しつつ席を立つ。
その時、彼女は電車の中の雰囲気が違う事に気付いた。
だが、すぐにその理由が分かった。
同じ車両に乗る人々が、棺へと変わっている。
空は暗く、いつもより不気味に映える月が見える。
その空間は、誰も世界に存在しないような静けさだ。
影時間か。
よりにもよって、影時間に目を覚ますとはついていない。
ため息をつきながら、ドアが開くことのない電車の非常用レバーを使用して、は車両から降りる。
辺りの景色を確認して、さほど歩く必要がないことに彼女はホッとした。
この時間にしか現れない、自分の力を発揮しては走り始めた。
二つほど乗り過ごしていた駅ではあったが、力を使えばすぐに戻れる。
誰も見ていないだろうと、何も考えずに地面を蹴った。
ゴールデンウィーク明け。
特別課外活動部に入っている生徒らは、休み明けのテストに向けてそれぞれ頑張っていた。
そんな夜に、幾月は寮を訪れた。
「やあ、皆。わざわざ忙しい時に呼び出して、悪かったね」
「何かあったんスか?」
勉強になど手をつけていない順平が聞く。
ラウンジに集められた他のメンバーは疲れているのか、黙って幾月の言葉を待った。
「実は新たなペルソナ使いが見つかったんだ。それで、ここに住ませようと思う」
その言葉に、皆の表情が明るくなる。元気に手を上げた順平は叫んだ。
「はいはい!それって、女の子?女の子?」
「そうだよ」
やったぜ、と大はしゃぎな順平を冷ややかな目でゆかりが見ている。
美鶴も気になる事を聞いた。
「ここに住ませるということは、彼女はうちの生徒なんですか?」
「いや、彼女は社会人だ。だけど、学園に三年生として編入してもらうことになった」
相手は年上かぁ。
すでに顔見ぬ相手への妄想が膨らむ少年を無視し、明彦が質問する。
「社会人?大人が学生になるのは無理じゃないんですか?」
「大丈夫。彼女はまだ17歳だから、学生になるには問題ないよ」
幾月によれば、その新しいペルソナ使いは両親を早くに失った為、高校に行かず就職していたらしい。
では、何故わざわざ仕事を辞めてまで学校に通うことを承諾したのだろう。
皆が無言で考え込むと、彼らが聞いた事の無い声がロビーに広がった。
「お邪魔しまーす」
「ああ、よく来たね。皆、紹介するよ。彼女が新たなメンバーのくんだ」
「よろしく」
小さく手を振るの美しさに、皆の目が見開く。
緑色の瞳とストレートの黒の髪が肩まで届く長さ。
白いロングコートの下は、空色の長袖ブラウスに黒のミニスカート。
ショートブーツを履く彼女を指して、順平とゆかりが同時に叫んだ。
「ほ、本物!?」
「あれ?二人とも、彼女の知り合い?」
「私は、初対面だと認識してるけど」
驚いて口が塞がらない二人を不思議そうに幾月とが見る。
興奮した順平が反応する。
「幾月さん、知らないんスか!?滅多にメディアに現れない、伝説のモデル、『』ですよ!」
「え、そうなの?」
「幾月さんはファッション雑誌とか読まなさそうだもんね。知らなくて当たり前?」
「失敬な。僕だって、そういうのは読むよ?たまたま知らなかっただけさ」
ゆかりが話に加わる。
黙って様子を見ている他の三人も知らないようで、会話に参加できなかった。
「あー、私のこと知ってるんだ?」
「もちろんっスよ!あの、サイン下さい!」
「あ、順平ズルイ!あたしも下さい!」
勝手に話を進めていく二人を美鶴が収める。
落ち着いて話ができるようになってから、改めて本人に尋ねた。
「それで、はモデルを仕事としているのか?」
「ううん。仕事は、事務をやってた」
モデルの仕事はファッションデザイナーの友達に頼まれる時、たまにやってるだけである。
しかし、頻繁にメディアに現れずとも有名であったことには本人も驚いていた。
「では、何故わざわざその仕事を辞めてまで此処に?」
「条件が良かったから」
ちらりとは、幾月を見て喋った。
「活動に参加して、学校でも成績が良ければ、桐条グループの経営する会社でなかなかな地位に就かせてくれるって言われて。
おまけに、そのための教育費も生活費も無料と聞けば、飛びつかないわけにはいかないでしょう」
話題の美少女モデルは、金に弱かった。
いつの間に自分の父はそんな話をつけていたのかと、美鶴は頭を抱える。
「話に一段落ついたところで、彼らを紹介するとしよう」
皆の気など知らないのか、知ろうとしないだけなのか。
幾月は、特別課外活動部のメンバーを一人一人紹介していった。
「彼女が桐条グループ令嬢の桐条美鶴くん。その隣にいるのが、真田明彦くん。そして・・・」
全員の簡単な説明を聞いた後、は一人一人指して名前を確認した。
「みっちゃん、あーくん、じゅんぺー、ゆんちゃん、リーダーね」
彼女の唐突なニックネームに、それぞれが反応した。
「み、みっちゃん?」
「あーくん・・・子供か、俺は」
「俺だけ普通に名前呼ばれてるなぁ。ま、いっか」
「何で、ゆんちゃん?」
「・・・・・・」
そして、すぐに納得していない三人が抗議する。
「。普通に名前で呼んでくれないか?」
「俺もさすがに『あーくん』は・・・」
「あたしも、『ゆかり』って呼んでくれる方が嬉しいな」
それに対して不満そうなだったが、彼女は訂正することにした。
「それなら、美鶴、ヒコ、じゅんぺー、ゆかり、リーダー。これでいい?」
「ちょっと待て。何で俺だけまだ変なあだ名をつけるんだ」
「じゃあ、何がいい?あだ名」
「あだ名が絶対なのか・・・『アキ』にしてくれ」
「はーい」
女子二人のように、名前を呼ぶよう言えばいいことに明彦は気付いていない。
こうして、新たなメンバーのペースについてゆけるかどうか不安になる人が多い中、は迎えられた。
が割り当てられた部屋は、三階のゆかりの隣の部屋だった。
部屋の中はベッドと机、そして椅子があるだけ。
そこにが持ってきた荷物が床に置かれている状態だ。
「部屋の中は、好きに改装すればいい」
「ありがと、美鶴。でも、きっとこのままにするよ」
あまり部屋を飾らないんだよね、私って。
そう言いながらは運んできた鞄からノートパソコンを取り出し、それを机に置いた。
早速、インターネットに接続しようとしているようだ。
彼女が他の事をし始める前に、美鶴は聞いた。
「他に質問はあるか?」
「んー・・・あ、制服。自分の好きなようにアレンジしても平気?」
「校則にひっかからない程度なら、大丈夫だ」
「オッケー。それだけ分かれば、いいや」
座ってパソコンが起動するのを待つは本当に用事がないらしく、美鶴に目を向けない。
その様子に呆れた美鶴は、そのまま部屋を出て行った。
朝を向かえ、寮で過ごすメンバーは、ラウンジでくつろいでいた。
しかし、そこにの姿はない。
起きているのか心配になった皆は、誰が起こしに行くかを相談していた。
「おはよー。皆、朝早いね。せっかくの学生生活なんだから、もっとゆっくりすればいいのに」
「先輩が遅すぎるんすよ」
一番近くにいた順平が答える。しかし、彼女の制服姿を見て、のけぞった。
「ちょ、先輩!?何すか、その格好!」
「何、て。制服よ」
他のメンバーも、彼女の姿に驚いていた。
ブラウスは真ん中のボタン二つだけ止めてある。
そのせいで、視点を変えたり、が体を動かせば下着が見えそうになる。
おまけに、スカートの丈がゆかりよか短かった。
「あまりにも色気出しすぎです、先輩」
「・・・それは、校則に反すると思うぞ」
同性ですら直視するのが、難しい。
男三人が顔を真っ赤にしている中、ゆかりと美鶴が注意した。
「スカートの丈は、岳羽と同じくらいに。ブラウスの下には、キャミソールをせめて着てくれ」
嘆く美鶴にが文句をたれると、ゆかりに強制的に部屋へ連れて行かれた。
夜、明彦は寮に帰ると、ラウンジのソファで仮眠をとろうとした。
だが、彼がいつも眠るソファには既に先客がいた。
「そんな格好で寝るか、普通」
制服を着たままのが、片足をだらけさして熟睡している。
今朝、その露出の多さで顔を背けてしまった明彦は、どうすべきか頭を抱えた。
周りに助けを求めようにも、誰もいない。
すると、そこにリーダーが帰ってきた。
胸をなでおろした明彦は、彼に声をかける。
の傍に立っていた明彦に目を向ければ、彼の目にも自然とが視界に入る。
瞬時に明彦が何を考えていたのかを悟ったのか、彼は自分の着ていたジャケットを脱いだ。
そして、それをの体にかけてやる。
こうすれば良いのではないか、と言いたげな顔で明彦を見つめた。
「なるほど。それなら、自然で良いな。助かった」
問題を解決させた二人は、二階へと上がっていった。
が目を覚ましたのは、朝だった。
何でも、学校では順平やゆかりのようにモデルである事を騒ぎ立てた人が多かったらしい。
それで常に人に囲まれ、気力を消耗したとのこと。
寝るなら、自分の部屋で寝ろ。
彼女の周りを気にしなさすぎるところを全員が嫌になったが、彼女はその事に気付くわけがなかった。
-back stage-
管理:主人公は、決して「どうでもいい人」じゃないっすよ。イメージを固定したくないだけなの。
岳羽:ただの言い訳にしか聞こえないけど?
桐条:おそらく、それは気のせいではないだろうな。
管理:うっはー。女子は厳しいね。順平さん、どう思います?
伊織:そうですねー、彼女達の意見はごもっともだと思います。
管理:あ、裏切り者!処刑が怖いからって、そっちに逃げるな!
真田:それで、これからもアイツは「彼」扱いなのか?
管理:多分。
2006.10.28
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