when to cry
-chapter 7-



8月6日。
は初めて満月の夜に寮へ帰っていた。
それも美鶴が彼女の仕事を調整したおかげかもしれない。
どうせ一緒に行っても役に立てないのに、とブツブツ呟く彼女を無視して、メンバーは巌戸台の湾岸部を訪れた。


しかし、地下施設への入り口を見つけた時に、ストレガと名乗る二人のペルソナ使いが現れた。
彼らは、を見る事は無かった。
彼女も黙って、彼らが地下施設の扉を閉めて帰った姿を見る事しかできなかった。

皆は彼らの存在に驚き、そして敵対心での微妙な変化に気づかなかった―――リーダー以外は。

「今は、シャドウ討伐を優先すべきであります」

アイギスの言葉で、彼は現実に引き戻された。
今は、の事を気にかける時ではない。
討伐に向かうメンバーを選ぶと、彼はを気にしながらも地下へと潜って行った。

「暇なものね、こうやって帰りを待つだけなのも」

前衛に選ばれなかったが、同じく待機中の順平に話しかけた。

「そういや、は待ち伏せ初体験か。そんな貴女に、ジャーン!」

順平がズボンのポケットから取り出した物をは眺めた。

「トランプ?まさか、遊ぶの?」
「これなら、色々なゲームを楽しめるだろ?」

ニカッと笑う順平を彼女は呆れて見る。
他のメンバーは死を前にして戦っているというのに、緊張感がなくて良いのだろうか。

「んじゃ、まずは定番のババ抜きな」
「二人だけでババ抜き?それは退屈だって!」


カードをきり始めた彼に付き合うことにしたは、討伐メンバーが帰ってくるまでに、すっかりゲームに熱中していた。








「こっちは閉じ込められて大変だというのに」

幾月に連絡を終えた美鶴のため息で、ゲームに白熱していた二人は辺りを見渡す。
既にシャドウを討伐して帰ってきたメンバーを見て、苦笑した。
が何とかフォローをいれようとする。

「閉じ込められたって言っても、すぐに脱出できるじゃない」
「どうやって?あのペルソナ使いに扉を閉められたんだぞ!」
「え?美鶴、私の能力、忘れてない?」

何のことだ、と口を開いた美鶴は固まる。
それを聞いていた周りのメンバーも思い出した。

は、影時間になると超人的な力を得る。
この高さの扉なら、簡単に飛び越えられるだろう。
そうすれば、反対側にあるスイッチを押して、扉を開くこともできる。

「何故、それを早くに言わない!」
「分かってたから、シャドウ討伐を優先したんだと思ったよ」
「私もそのつもりで言ったであります」

アイギスの言葉で、美鶴は顔を赤くした。

「そ、そんなの、日頃からが作戦日に参加していなかったのが悪いんだ」
「確かに、がいない事の方が普通になってたからなぁ」
「そうだよね、今まではちゃんの能力を思い出す必要が無かったから」

ゆかりと風花が美鶴を宥める為に頷く。
今度はが不貞腐れ始め、明彦がの頭を撫でながら場を収めた。

「まあ、いいじゃないか。どっちにしろ、助けは来るんだから、待てばいいんだ」
「そ、そうっスよ。それまで、皆でトランプでもします?」

順平の気遣いの無さには、皆が無視をした。






次の日曜日。
と映画を観に行ったせいか、順平はフェザーマンがテレビでやっていると、自然に見ていた。
幼稚なものを見ている、と呆れた美鶴が声をかける。

「伊織。そのような番組を見るなら、勉強でもしたらどうだ?」
「へ?あ、違うんスよ。これ、ちょっと前にと映画見たなぁと思ってただけですって」
くんも、すっかり皆と仲良くなったんだね」

今日はする事が無いと言って、ラウンジにいる幾月が一人で頷いている。
彼がダジャレを口にする前に自分が話をしておこうと考えた順平が、口を開いた。

「そうやって考えたら、意外っスよね。が、ヒーロー番組が好きだっていうのは」
「正義の味方は、誰でも憧れるものかもしれないな」

グローブの手入れをしている明彦が微笑む。
そこに、リーダーも姿を見せた。
立って手をズボンのポケットに入れたままの彼に、美鶴が簡単に何の話をしているのかを説明する。
の事だと聞くと、彼はそのまま会話に加わった。

「だけど、のペルソナの能力を考えたら、ヒーローも同然じゃね?」
「そうだな。そうやって考えると、何では憧れるんだろう」

リーダーは、が関わっていれば少しは喋るのか。
その場にいた全員が思ったが、つっこまないことにした。
彼の疑問に、幾月が思案気味に答える。

「うーん、彼女の能力をヒーローと同じように考えるのは、違うんじゃないかな」

どういう事か分からないメンバーは首を傾げる。

「ペルソナは、もう一人の自分なんだ。彼女の能力は、そこからきてるはずだよ」
「それなら、伊織の言うとおり、ヒーローに憧れているからではないのですか?」

美鶴が聞くと、幾月は少し間を空けた。
言っていいのか、悩んでいたようだ。

「実はね、くんのペルソナの名前が判明しないままなんだ」
「名前が無いって・・・そんな、ありえない話があるのか」
「うん、まあ不思議な話と言えばそうだけど。でも、彼女は召喚器を使わずとも能力を引き出せる」
「つまり、ペルソナに名前がないのは、本当にそれがそのものであるから、と言いたいのですか?」
「さすが桐条くん。上手い事、説明してくれるね」

成績は頑張っても中の下である順平は、ついていけない。
リーダーも内容は理屈で分かったが、それ以上の考えには繋げられなかった。
困惑した顔の二人を見て、幾月が言い方を変える。

「えーと、くんの能力がどんなものか、聞いたかな?」
「ジャンプ力が凄かったり、遠くの方を見たり聞こえたりするんスよね?」
「そう。僕も彼女と初めて会った時は、街の中をすごいスピードで走る姿だったよ」

楽しそうに過去を振り返ってる幾月をリーダーが即した。

「じゃあ、何で、もう一人の自分は、そんな力を持ってるんだろう?」

その問いに、しばらくは誰も言葉を発しなかった。
リーダーが恐る恐る、答えを口にしてみる。

「逃げるため?」

嬉しそうに首を縦に振る幾月によって、確信を得る。
明彦と美鶴は納得した。

「そういうことか。あいつは、戦う事を避けてるんだ」
「相手を傷つけたくないという気持ちがあるなら、魔法系が全て弱点というのも筋が通る」
「え、え?どういう事っスか?」

未だに、はてなマークを頭に浮かべる順平に幾月が説明をした。

「彼女は、相手を傷つけたくないから、自分に近づいてくる前に離れられるようにしてるのかもしれない」
「あ、なるほど。だから、逆に相手が攻撃してきても、は抵抗しようとしないってことか」

順平も理解した。
そして、と幾月が続けた。

「もしかしたら、彼女は、最初から人と関わりたいと思っていないのかもしれないね」
「人と関わろうとしないって・・・俺達と普通に喋ってるのに?」
「心の中では、どう思ってるか分からないだろう?」

幾月はどこに持っていたのか、書類をテーブルの上に置いた。
表紙には、『:報告書』と書かれていた。

「やっと彼女の過去について調べがついてね。各自、本人には気づかれないように読んでおいて欲しい」
には、隠しておくんですか?」

明彦の質問に、幾月は頷いた。

「あまり追求されたくない話だと思うから」

それ以上は、何も知らない小学生が帰ってきたことによって、話はされなかった。






数日後。
カウンターでカフェオレを作ると、は椅子に腰をかけた。
それを飲んでいると、隣に座っていた乾が雑誌を見ながら話しかけてきた。

「これ、さんですよね」

乾が指した所にも視線を向ける。

「本当。この間撮ったばかりのだ」
「この間って?」
「えーと・・・半年前?」
「そうなんですか」

カフェオレを口にすると、何とか会話を続けようと試みる乾。
しかし、話題が思い浮かばずに四苦八苦した。

「ええと、さんはコーヒー好きなんですか?」
「あまり好きじゃないかな。胃がキリキリしちゃうの」

だから、カフェオレで飲んでるんだ。
苦笑いした彼女は、コップを掲げる。

「だったら、無理に飲まなくても良いんじゃないですか?」
「それは、私よりも乾の方に聞きたいよ」
「何のことです?」

に微笑まれ、どぎまぎしてしまう。
乾の頬が赤くなるのを小さく笑って、彼女は答えた。

「乾はブラック飲んでるけど、眉間に皺寄せてる時があるんだよ」
「う、嘘だ!ちゃんと顔を顰めないようになって・・・あ」
「ひっかかったね」

くすくすと笑う彼女に言い返せなくて、乾は恥かしそうに頭を俯かせた。
そんな彼の頭をは優しく撫でた。

「ごめん、ごめん。この事は誰にも言わないから。ね、約束する」
「そんなの信用できませんよ」

不貞腐れた彼をどうにかして機嫌を直そうとが考える。
乾は、彼女がどうやって彼の機嫌を直させようとするのか様子を見た。

すると、は突然、乾の頬にキスをした。
まさかキスをしてくるとは予想してなかった乾の顔が真っ赤になる。

「これで許して、ね?」
「ば、バカにしないで下さい!」

椅子から立ち上がり、冷静を失った乾は部屋へと逃げる。
しかし、すぐに帰ってきたかと思うとに一言告げてから、また上がって行った。

「そ、そんなバカに敬語なんて使っても無意味だから、これからはタメで話します!」

今、敬語で喋ってるのに?と細かいところが気になったが、これはつっこまない方が良いのだろう。
そう悟ったは、笑いをこらえるので精一杯だった。







-back stage-

管理:夏休み第2弾、天田少年と絡めてみた。
天田:ていうか、彼女にタメで話すんですか?貴方、僕の口調分かってないでしょ?
管理:うーん。そこが問題であるけど、仕方ないさ!話の流れ的に。
伊織:つーか、俺がシャドウ討伐に選ばれてないのもどうよ?
管理:話としてちょっとでも盛り上げる為に、君を残したんだよ。
真田:そういや、管理人は討伐メンバーに順平を選んでいたな。
岳羽:嫌いってわけじゃないんだ。てっきりそうかと思ったのに。
伊織:ひでぇよ、ゆかりッチ・・・

2006.12.07

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