その吐息




 「お前・・・寒くないか?」


朝一番の執務室内は白い吐息が吐き出されるほど冷えきっていた。
この部屋の持ち主すらマフラーを首に巻いて過ごしている。


 「平気ですよ」


しかしはあまり寒さを感じていないようだ。
黙々と作業をこなす彼女をしばらく見つめた後、彼も仕事に集中することにした。








 「はい、隊長」


いつのまにが隣に近づいてたのか。
彼女は湯気が立つお茶を差し出していた。
密かに彼女に思いを寄せる冬獅郎としてはこの距離が落ち着かなかった。


 「お、おう。ありがとな」


どもりながらも湯呑みを受け取ると、彼女は再びソファに腰を掛けて作業を続けた。


 「暖まるな」


お茶を口にすると、彼は言葉をもらした。
体の芯から暖まる事もそうだが、こうして静かに想いを寄せる人と時を過ごすのも悪く思わなかった。


 「でしょう?きっと隊長は体が冷えてると思いましたよ」
 
 「どうしてだ?」

 「さっき寒くないか、と聞いてきたじゃないですか」


冬獅郎の事なら何でも分かるといわんばかりな笑顔は美しかった。
しかし、意味を捉え間違えているを冬獅郎は訂正した。

 
 「あれは、お前が寒くないか心配して聞いたんだ」


わざわざ遠回しに自分が寒いことを伝える必要もない。


 「そうなんですか?隊長が私を気に掛ける必要なんてないのに」


は人のことを気に掛けるわりには自分の事に対してうとい。
直球に言わなければすぐ今のように考えすぎてしまう。
しかし、その彼女のさり気ない気遣いに惚れない男は少ないようだ。


冬獅郎もその一人。
いつも男が寄り付かないようにする為だけにの仕事場は執務室だったりする。


 「誰だって防寒対策をしてないやつをみれば気に掛けるだろ」

 「してますよ、ちゃんと。重ね着してます」


そのわりには体系が変わっていないんじゃないかと彼は思った。
上から下までゆっくり眺めてみれば、は口を開いた。


 「現世の便利なものもあるんですよ」


嬉しそうに笑う彼女の言葉の意味が分からず、冬獅郎は見返した。
彼女は服を着くずすと、懐から手から少しはみ出る程度の大きさをした白いものを取り出した。
一瞬、の大胆な行動に頬が照ったが、下には本人がいうように何着も服が重ねられていて心配は無用であった。


 「カイロか」


心当たりがあった冬獅郎はそう答えると目を書類へ戻した。
が、すぐに集中力が切れる。


 「はい。他の隊員が現世に行った時購入してくれたんです」

 「・・・誰だ?」


を睨みつけぬよう握っていた筆に怒りをぶつけながら聞いた。


 「誰だったかは覚えてません。皆、買ってきてくれたので」

 「そうか。それは残念だな」


思わずこぼしてしまった冬獅郎の言葉に、は悪意を感じなかったのか微笑んだままだった。


 「悪いが、カイロはもう使うんじゃねぇぞ」

 「どうしてですか?」

 「この世界は現世と違うんだ。ゴミの分別が面倒だろ」


子供のような言い訳かもしれないが、冬獅郎としては他の男からもらった物を使ってもらいたくなかった。
少しでも理屈が通るように頑張って答えを出したのがこれだった。
しかし、はこれで納得した。


 「そうですね。じゃあ、もっと寒くて困ってそうな人に渡しときます」

 「そうしとけ」





またしばらく仕事を進めていると、がお茶のおかわりを用意してくれていた。
彼女から湯呑みを受け取る際、冬獅郎はのひんやりとした手に微かに触れた。


 「お前、本当に大丈夫か?」


昼も近づいてきた今、部屋の中も朝ほどの寒さは収まってきていた。
それにもかかわらずの手が冷たかったことは、彼を不安にさせる。


 「大丈夫ですよ。何の事か分かりませんけど」


だったら答えるな、と怒りたい気持ちを抑えて冬獅郎はの隣に腰を下ろした。


 「手を出せ」


の答えも聞かずに乱暴に彼女の手を引っ張ると、冬獅郎は両手で握り締めた。
冷え切った彼女の体温が彼の体温で少しずつ緩和してきた。


 「やっぱり寒かったんだな」

 「い、いえ。これは先程お茶のお湯を用意する時に冷水に触れただけで」

 「無理はするな」


の手に息を吹きかけると、の顔は徐々に真っ赤に染まっていった。
その慌てている様子が愛しく感じ、冬獅郎は笑い始める。


 「た、隊長!良いですよ、もう暖まりましたから!」

 「まだだ。ちゃんと芯から暖まってないからな」

 「隊長の仕事を邪魔させたくありませんし」

 「嫌か?」


見上げるようにの目を見据え、冬獅郎は聞いた。
すると、は無言で首を横に振る。


 「そういう時は黙ってされるがままになってるか、俺の名前でも呼んどけ」


ただの願望が現れていたが、は素直に彼の言葉に従った。


 「冬獅郎。冬獅郎。冬獅郎」

 「しつこい」


少し腰を浮かすと、冬獅郎はの口を自らの口で塞いだ。
お互い恥かしくなり、沈黙が続いていたかと思えばがまた口を開いた。


 「冬獅郎」



二人は緊張が解け、微笑みあうと再びどちらからともなく唇を重ねた・・・











-back stage-

管理:1万ヒットお礼フリー夢・冬獅郎編でし。
冬獅郎:お、頑張って甘めにしたな。
管理:ええ、がんばりましたとも!
冬獅郎:だが、冬をテーマにしといて「カイロ」が出てくるとはな・・・
管理:自然とウケを狙ってしまうのはあれか、生まれつきか。
冬獅郎:それを笑いに持っていこうと考えるのが可笑しいんじゃないか?

2005.12.26

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