よし、サボろう。
こんなに眠ければ、授業に集中することは無理だろう。
鞄の中からある物を取り出して、教室を出た。
迷いもせず保健室へ向かうと、山田花太郎先生が快く迎えてくれた。
彼の優しすぎる性格から、皆には『花ちゃん』と呼ばれて親しまれている。
彼に対して敬語で喋る生徒は、ほとんどいない。
「あれ、さん。授業はどうしたんですか?」
「眠いから、眠らせて。」
「またですか?さん、ちゃんと睡眠とってます?」
「それでも眠くなるんだって。」
自分で入室記録を手にして、名前を書き込む。
運の良い事に、今は誰も保健室にいなかった。
「花ちゃん、お茶淹れても良い?」
「あ、はい。ちょうど新しいのを購入したんですよ。」
ぶかぶかの白衣を身にまとう花ちゃんは、袖をあげて鞄から茶葉を取り出す。
それを受け取ると、私はポットのお湯でお茶を淹れた―自分の分だけ。
しかも、花ちゃんのコップを勝手に使っている。
「美味しい。」
「それは、良かった・・・あの、僕の分は?」
「欲しかったの?それだったら、言えばよかったのに。」
「す、すみません。」
俯きながらもお茶を紙コップに淹れた花ちゃんの背中を見る。
私は、花ちゃんを苛めているわけではない。
彼の態度がそうさせているかのように見せてしまっているのに、少し苛立ちを感じた。
「さん。お茶を飲んだら、一応体温を測っておきますね。」
「暖かいお茶を飲んだ後だと、正確な体温を測れないよね。」
そして、その表れが態度にでてしまう。
でも、花ちゃんは気にしていないようだった。
「そうでした。指摘ありがとうございます、さん。」
だから、私は花ちゃんに甘えてしまうのかもしれない。
一緒に持ってきた物を取り出して、花ちゃんに差し出した。
「お茶請け。いつもお世話になってるし。」
自分の小遣いをはたいて買った、和菓子。
そんな高級なものではなかったけど、花ちゃんの表情が明るくなった。
「うわぁ。ありがとうございます、そんなに気を使わなくても良かったのに。」
嬉しそうに中身を出して、和菓子を口にする花ちゃんの様子が可愛らしい。
黙って見つめていると、花ちゃんは慌てて謝ってきた。
「何で謝ってるの?」
「だ、だって、さんに断りもなく食べてしまって。」
「気にしてないよ。私の分も残して欲しい気持ちは、あるけど。」
そう言うと、花ちゃんは箱を差し出す。
一つもうらうと花ちゃんに美味しいですよ、とニッコリ微笑まれた。
不覚。
本当に可愛いな、この人は。
何だかおかしい感情が生まれてきたのは、気付かなかったことにしよう。
さっき感じた苛立ちはどこへいったのか。
お菓子の甘い味が、口に広がる。
それが、まるで私の花ちゃんへの想いを現しているように思えて、美味しく食べられない。
誤魔化すためにお茶を口にするけど、甘さは消えない。
困ったものだ、いつのまにか眠気がとんでいる。
花ちゃんは、和菓子を頬張りながら、袖をあげる。
机に向かって、何かを書きとめていた。
「花ちゃん。」
「何ですか?」
「いつも不思議に思ってたんだけど、何で大きいサイズの白衣を着てるわけ?」
普通に身動きするだけでも邪魔そうなのに。
「え。これが、定番なんでしょう?」
「何の定番なの。」
花ちゃんて、もしかしなくても就任した時から教員に苛められてたのか。
だけど、それが逆に花ちゃんの可愛らしさを惹きたてているから、私は何も言わないことにした。
-back stage-
管:これは、夢というのだろうか。花、小説では初挑戦です。
花:光栄です、書いてもらうなんて。
管:・・・・・・さいですか。
花:え、あの?ここで、僕と色々と喋らないんですか?
管:ふ。花相手じゃ、からかうにも楽しくないや。
花:えぇ!?ぼ、僕、何かしましたか?
管:なかなか難しいなぁ、私の心がこうも捻くれていると。
2006.05.12
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