大金持ちのお嬢様、さん。
彼女を紹介してきたのは、父だった。
彼女の親は、今、意識不明で父の病院に入院している。
それは、僕には何ら関係の無いはずなんだが。
彼女は元気がなく、それをどうにかして欲しいと父が頼まれたらしい。
だから、忙しくない僕にその役目を渡した。
こういう面倒な事の時は連絡してくるとは、はた迷惑だ。
さんは、本などで描くようなお嬢様だった。
いわゆる、世間知らず。
僕がスーパーのタイムセールをやってる時に、一緒に出かけた時は驚いていた。
食材の値段を見て、自分が普段食す物と比べるとはるかに安いと。
そんな安さで生活している事が信じられないと関心された時は、少し苛立ったが。
だけど、何に対しても楽しそうに笑うさんに、僕はいつのまにか惚れていた。
彼女の笑顔に惹かれたのかもしれない。
癒しを与えてくれる笑みを見たくて、毎日のように訪れる彼女を心待ちするようになっていた。
「雨竜さん、今日も遊びに来ちゃいました」
にっこりと微笑むさんは、今日も校門の前で待っていた。
どうやってこんな狭い道にリムジンが入ってこれるのか、いつも不思議でしょうがない。
「さん。前も言ったでしょう、学校にはリムジンで来ないで下さいと」
「ごめんなさい。でも、これが意外にも重くて」
このまま、ここで立ち話をしてれば下校する生徒の邪魔になる。
不本意ながらもリムジンに乗り込むと、車は僕の家へと走り始めた。
「『これ』というのは?」
「はい。これです」
悪意の無い笑みをしたさんが、クーラーボックスから大きなスイカを取り出した。
確かに、これは僕の家まで彼女が持ち歩くには重いだろう。
「叔父様から頂いたのですが、食べられるのが私しかいなくて。雨竜さんと食べようかと思ったんです」
それだったら、直接僕の家まで来れば良いのに。
でも、きっと人が多い所で寂しさを紛らわしたいのだろうと思うと、何も言えなくなった。
その代わり、違う話を始める。
「そういえば、さんに頼まれたモノができましたよ」
「本当ですか?それは助かります。相手の都合で予定が早まってしまったので」
「相手?」
僕が裁縫を得意とする事を伝えた時、さんは僕に洋服を作るよう頼んできた。
お嬢様の服となれば、マナーが厳しい場所でも着れるような服を作らなければならない。
そう思って、オーソドックスな白いフリルの服を縫った。
その時は、てっきり普段に着るのかと考えていた僕には、予想外の反応だった。
「はい。実は、今週末にお見合いがあるんです」
「見合い?え、でもさんの親はまだ入院中ですよね?」
そして、まだ意識不明のはず。
そんな状況で、一体誰が見合いだなんて仕切っているのかが気になる。
というより、誰が勝手に行っているのだろうか。
「そうなんですが、叔父様がどうしても顔を立てて欲しいとおっしゃって」
このスイカ、食べる気にならなくなったな。
そいつ、もしかしたら彼女の親の財産でも狙ってるんじゃないか?
「相手は、有名な資産家とかなんですか?」
僕は、馬鹿だ。
自分が落ち込むような話をそのまま続けてどうする。
さんは苦笑いだというのが、唯一の救いだ。
あまりこの見合いに乗り気でないらしい。
「ええ、そうらしいです。叔父様のお仕事を支援して下さってるらしくて」
なるほど、つまり彼はそいつに恩を売りたいわけか。
そのために、彼女を勝手に売ると。
こみ上げてくる怒りをおさえながら、さんに聞いた。
「それで、その見合いに僕の服を着るのはどうしてです?もっと良い服があるでしょう」
「私が、叔父様にお見合いをするための条件として、お願いしたんです」
「条件?」
さっきから、彼女の言葉を繰り返すことしかできない。
不思議でさんの顔を見ていると、恥かしそうに理由を教えてくれた。
「お見合いは、本当はしたくありません。だから、せめて雨竜さんを近くに感じたかったんです」
ハッキリと理由を告げられて、どうして見合いに行くなと僕は言えないんだ。
きっと、お嬢様と結ばれることはないと自分は既に諦めている。
ここで止めても、彼女の親が目覚めれば、見合い話がどんどん出てくるかもしれない。
結局、僕は何も言わずにさんとスイカを僕の家で口にした。
彼女は懸命に場を盛り上げようとしてくれたのに、僕はそれを無視して。
自分は不甲斐無い、と落ち込んでいた。
さんは服を手渡されると、彼女は悲しそうに微笑んで帰っていた。
その時に悟った。
彼女は、もうこの家を訪れることがないのだと。
二度と会えなくなる。
胸が痛んだが、僕にはどうしようもない。
車が遠ざかってから、部屋に戻った。
気にしないようにすればするほど、週末を意識してしまう日を過ごした。
彼女の言っていた事が正しければ、今日が見合いの日だ。
止めるなら、今しかない。
そうは思ったが、肝心の場所が分からない。
それに、何時見合いを始めるのかも聞いていない。
途方にくれて、仕方なく朝刊でも読もうと新聞を広げた時だった。
ぱさりと何かが落ちる音がした。
宣伝のチラシでも挟まっていたんだろうと思って、拾い上げた紙を見る。
それは、真っ白な紙に『13時、○○ホテル』と中心に書かれているだけ。
誰が書いたかは知らないが、何を伝えようとしているのかは理解できた。
時計を見る。まだ昼前だ。
今から着替えて出かければ、十分間に合う。
意を決して、僕は準備をした。
ホテルで君と会ったら、何て言えばいいだろう。
まずは、謝るべきか。
それとも、思い切って自分の気持ちを伝えるか。
それより、君の見合い相手には何て言おうか。
君は僕のモノだと言ってしまったら、許して欲しい。
その時、思わず君の名を呼び捨てにしてしまったら、すまない。
だけど、君はきっと笑って、見合いを邪魔する僕についてきてくれるだろう。
そう思うと、早く行って、この間言えなかった言葉を君に言わなくちゃいけないと感じさせる。
でも、姫をさらう王子が変な格好をしていくのも可笑しいかと考えて、僕は無駄に服装に悩まされた。
run and tell her that...
-back stage-
管理:こういう、続きっぽい終わり方が大好き。
雨竜:それにしても、中途半端なところで切ったな。
管理:普段、私が書く雨竜とヒロインとは違った感じで書こうと思ったんだよ。
雨竜:ちょっとは成功してるんじゃないか。批判はくるだろうけど。
管理:こ、こない!・・・と信じとく。
雨竜:ところで、続きがあるような終わりが好きだと、君は言ったけど。
管理:うん?
雨竜:慣れないヒロイン設定で、最後まで書ききれなかっただけじゃ・・・
管理:読んで下さって、ありがとうございましたー!ちなみに小説のタイトルの続きは、タイトルバーでv
2006. 08.29
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