「何を手こずってる。さっさと行くぞ」


神田の素っ気無い言葉を投げかけられ、アレンは慌てて身なりを整えなおした。
ラビは、ヘアバンドを指で回して遊びながら、呑気にその様子を見ている。
そんな彼に神田は剣の先を向けて睨んだ。


 「そんなに慌てる必要は無いだろ、ユウ。ここからなら、すぐ着くさ」

 「着替えてすらいないテメェが言うな」

 「ていうか、神田は今回の任務の内容を理解してるんですか?」


ティムキャンピーがアレンの髪を乱れさせるので、なかなか鏡の前から離れられない。
しかし、ラビの言うことは間違っていないのである。
何故なら、神田は約束の時間よりも早くから目的地へ向かおうとしているからだ。


 「女からイノセンスを押収するんだろ」


自分は間違っていない、と神田は平然と答える。
その回答に二人は頭を抱えた。


 「・・・なあ、何で、コムイはユウも連れてけって言ったわけ?」

 「さあ。彼もターゲットと年齢が近いからじゃないですか」


何だか馬鹿にされているような気がした神田は、いけ好かなかった。




満足して頂けますか、姫様?





 「今宵は、我がパーティへようこそ!参加して下さり、誠に感謝いたします」


主催者の男が客を相手に語り始める。

彼等の顔は、仮面で隠れていた。
拍手が送られていても、果たして心の中でも同じ気持ちであるかは怪しいものだ。
その中に、若いエクソシスト達も混ざっていた。


 「もう一度、任務の内容を振り返りますよ」


どこかの馬鹿のために。
顔の上半分を覆い隠す金色の仮面をつけたアレンが吐き捨てる。
シンプルに目を隠すだけの白い仮面をつけた神田は反応するが、行動には表さなかった。
自分の相棒は、この街にいるファインダーに預けていたからだ。


 「僕達は、この仮面舞踏会の主催者の娘と接触する必要があります」

 「そんで、彼女のつけてる仮面を貰って帰るのが今回の目的さ」

 「俺がさっき言ってたのと、どう違うって言うんだ?」


『女からイノセンスを押収する。』
彼は、要点をついていたはず。
アレンは鼻で笑った。


 「神田がああいう風に言うと、相手の気持ちを無視して無理矢理に仮面を奪おうとしてるようにしか聞こえないんですよ」

 「この任務は、アクマがまだ気づいてないイノセンスの回収だから、大事にはしたくないだろ?」


頷きながら、蝶の形をした赤い仮面をつけるラビが続けた。


 「だけど、あの言葉は、ユウが穏便にターゲットから仮面を貰えるか分からない言い方だったんさ」


何故、アレンが自分を鼻で笑ったのかをまだ理解できない。
黙り込んでいると、ラビは言い直した。


 「要するに、ユウは女心が分かってないってことさ」

 「んだと、もやし!」

 「何で僕だけ責められるんですか!?」


胸倉を掴んだ神田を宥めようとラビが間に入るが、その騒ぎを聞きつけた人物が争いを止めた。
顔全体を覆う、真っ白な仮面を被っているというのに、どこか神秘性を感じる。
魅惑的な仮面から目を外すと、三人は頷いた。
これが、彼等の目的のモノだ。


 「随分と楽しそうですけど、どのような話をなさっていたの?」


凛とした声が仮面の下から響いてくる。
神田が何かを言う前に、アレンが口を開いた。


 「貴女に関わることですよ。実は、僕達、退屈していましてね。賭けをしようと思ったんです」

 「賭け?」

 「ええ。見たところ、さんもこのパーティに飽きていたんじゃないですか?」


問い掛けられ、と呼ばれた相手は笑ったように見えた。


 「そうね、付き合わされているだけなのも暇だわ。賭けの内容は?」

 「僕達三人と一曲踊ってください。それで、誰が一番さんを満足させられるかを争います」


仲間は、アレンが何をしようとしているのか分からず、見守っている。


 「勝った人は、何を得るの?」

 「貴女に欲しい物を一つ聞いてもらう。如何です?」

 「私に利益は無いわけね・・・まあ、いいわ。命と名前以外なら、聞き入れましょう」

 「おい、アレン。良いのか?」


二人の間で交渉が成立すると、ラビが声を潜めて近づいた。
賭けに関して最後の確認をすると伝えて、三人は一度離れた。


 「これで僕たちの誰かがさんを満足させられれば、仮面が簡単に手に入ります」

 「もし、誰も選ばなかったら?」

 「そんなことは絶対にありませんよ。僕がいますから」


にっこりと微笑む彼に腹を立てた仲間は、挑発にのった。


 「でもなぁ、アレンはお子ちゃまだから、女を完璧に理解してるとは思えないさ」

 「テメェは女を外見でしか判断してねえだろ」

 「そういう神田は、そもそも踊れるんですか?」


火花が飛び散るのを見ているだけなが、三人の前に手を差し出した。
その手を先ずは神田が取る。
今流れている曲が終わろうとしていた。


 「ふん、俺を見くびるなよ、もやし」




しかし、神田は踊りに手間取った。
基本的なステップを教団で学んでいたはずだが、踊る機会がなくて忘れてしまったらしい。
ほとんどにリードされる形で踊り場にいた。


 「東洋人は、皆、踊りが苦手なのかしら」

 「うるせぇ」

 「あら、酷い。賭けはどうでも良いの?」


任務を思い出させられ、神田は仕方なく話題を振る。
だが、それも適切なものだとはいえなかった。


 「お前、その仮面はどうやって手に入れた?」

 「これね。庭に石が落ちていたのを、たまたま見つけたの」

 「石?」

 「そう、石。それは私が手にとると、この仮面に形を変えてしまったのよ」


そして、たまたまその晩が舞踏会で、それ以来ずっと使ってるの。
が付け加えると、曲が終わる。
神田の挑戦は、終了した。




 「んじゃあ、次は俺が行くさ。年長者を優先ってな」


不満そうなアレンを置いて、ラビはの手を取る。
神田と比べれば、彼は踊りに慣れていた様子だった。


 「貴方は、どんな会話で私を楽しませてくれるのかしら?」

 「ラビでいいさ。俺もって呼ぶから」


耳元で囁かれ、驚いたが頭を少し離れさせる。
ラビは笑った。


 「の声って、すげぇ綺麗だよな。顔も別嬪なんじゃね?」


女性を褒める作戦で、ラビが攻める。


 「なあ、その仮面を取って見せてくれよ」


甘い声で誘うが、は何も答えなかった。
仮面で顔が隠れている為、彼女が何を思っているのか見当がつかない。
それを読み取ろうとしている間に、また曲が終わった。




 「最後は、僕ですね」


が手を出す前に、アレンは彼女に手を差し出す。
その手を取ると、二人は踊り場に入った。


 「アレンさんは、どうしてこのパーティに?」


先に相手が口を開いた失敗に一瞬顔を顰める。
しかし、すぐに気持ちを取り戻して、その問いに答えた。


 「ただの付き合いですよ。でも、今回ばかりは来て良かったと思います」

 「それは、私に巡り会えたからかしら?」

 「ええ、もちろんです」


嘘のない笑みをしてから、アレンも質問をした。


 「魅力的、といえば、さんの仮面も見ていて不思議な感じがしますね」

 「そうかしら。私は何も感じないのだけど」


強制的に会話が終わる。
どうやら、この話題は喜ばしくなかったようだ。
結局、アレンはの機嫌を直させることに必死になって終わったしまった。




 「貴方達、仮面が欲しいなら、最初から欲しいって言えばいいのに」


賭けの勝者を発表されるかと思いきや、が図星をつく。
彼等は、どうやってそれが分かったのかを訊ねてきた。


 「簡単よ。貴方達、三人とも仮面の話をしてたじゃない」


注意すべき点を一つ見誤っていた。
まさか、彼女がここまで頭が回るとは。
観念した三人は、詳しくは話さずに、仮面を引き渡して欲しいと頼んだ。
だが、彼女は首を縦に振らない。


 「これは私のものよ、エクソシストさん」


顔を覆っていた仮面を少しずらし、目線を交える。
また違ったものに魅了され、エクソシストは気を許してしまう。
気づけば、は彼等の前から姿を消していた。


どこに行ったのだろうか、と三人が辺りを見渡せば、会場に一人の少女がやってきた。
まるでこの世に存在せぬものを見たかのような表情で叫んだ。


 「父様、大変です!」

 「どうした、。おや、先程の服装と違うようだが」


主催者の言葉で、神田は外へ飛び出す。
アレンとラビもすぐに出て行きたかったが、その少女の伝えたかったことを耳にしてからにした。



 「宝石から家具まで・・・家の中の物が、全て無くなりました!」









 「一体どういうことだ、これは」


武器を手にしていない神田は、問い詰めることしかできない。
はそれに安心しているのか、ただ正面に立っていた。
残る二人もその間に辿り着く。
ようやく、彼女は喋った。


 「これが、私のイノセンスの能力よ」

 「能力だと?」

 「老若男女問わず、どんな人物にもなれる魔法の仮面。すごいでしょう?」

 「なるほどねぇ。だから、伯爵もイノセンスの存在に気づかなかったってわけか」


使徒が自由に他人になれるなら、情報を掴むことも難しいだろう。
イノセンスも使われなければ、力を感じ取ることも儘ならない。


 「ですが、イノセンスを使って盗みを働いてるのは気に食わないですね」


唯一、武器を持っているアレンが左手を構える。
しかし、彼が察知する前に、は煙幕を張った。
目を瞑ってしまい、彼女の姿を失う。
きっと今、追いかけたとしても、彼女は違う人物に成り変っているかもしれない。


任務が失敗に終わってしまった三人の下に、一枚の紙切れが舞い降りた。


 『もっとちゃんと女性をリードできる、イイ男になりなさい。』


最初にラビが言う。


 「うわ、ムカつくわ、この女・・・男?あれ、本物ってどっちなんだ?」

 「どっちでもいい。面倒だが、コムイには逃がしたことを連絡するぞ」


珍しく引きが早い神田。
その彼にアレンが教えた。


 「あれ、裏にまだ何か書いてある」

 「どれどれ?」


ラビがアレンから紙を取り上げて読み上げる。


 『神田は、人の足を踏まないように練習すること』


自分にだけ出されたダメだしを散々からかわれた神田は、六幻を取り戻した瞬間、彼等に襲い掛かっていた。








-back stage-

管:タイトルは「姫君」の方が似合うのだろうが、それをすると遥かを思い出すので却下。
ラ:初っ端から他の作品の話すんなよ、管理人。
ア:しかも、僕達と全く接点ないですね。
神:それより、何で俺が馬鹿扱いされてるんだ。
管:そういう担当だからでしょ?
ア:お似合いじゃないですか。
神:・・・もやし、もういっぺん言ってみろ。
ラ:わー!待った待った!こんな所で喧嘩すんな!
管:もう放っておいたら?
ラ:アンタが書いたんだろーが!

2007.03.23

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