意外な姿
「ん〜、楽しかったぁ!」
は歩きながら、腕を伸ばす。
彼女が仕える翼の学校が夏休みに入り、必然的に彼女は休暇を得た。
もちろん、翼がを呼びつける時は駆けつけるが。
その休みを有効的に使おうと、彼女はTシャツにジーパンという手軽な格好をしていた。
B6を相手に堅苦しいことはしていないが、仕事の服は自然と身を引き締めていたらしい。
何も考えずともいいこの格好は、彼女の心を軽くしていた。
「さて。早く帰って、ご飯食べようっと」
今日は翼からの呼び出しはない。
すぐに作れる冷やし中華の材料を手に歩いていると、通りすがった裏道が騒がしかった。
その騒動は、のいる道へと辿り着く。
「このっ……待て!」
「どけ、女!」
飛び出してきた男がを突き飛ばそうとする。
だが、その前に彼女は左足を男の顔にいれた。
蹴りが見事に決まり、男は地に伏す。
その男を追っていた少年が即座に体の自由を奪った。
「アンタ、すっげぇな!……て、あれ?さん?」
「一さん。このような場所で、どうなさったんですか?」
「いや、それはこっちのセリフだって!」
互いに驚きを隠せないでいれば、倒れた男が叫びだす。
煩くなったその男の口をふせぐ為、一は殴って気絶させた。
「俺はその……喧嘩してたら、こいつが逃げたから……」
「喧嘩……ですか。あまり感心しませんが、追求はいたしません」
「それで、さんは?」
「私は帰宅するところだったんです」
状況を把握してから、一は笑った。
「にしても、スゲーかっこよかったぜ、さん!どこであんな蹴りを習ったんだ?」
「私は武術を嗜んでいませんよ。せいぜい、幼い頃に父親とプロレスごっこをした程度です」
恐らく、蹴りはその時に学んだことかと。
は事実を述べたのだが、一は尊敬の眼差しを向けたままである。
「またまた〜。謙遜しなくていいって、あれは俺でもできないような綺麗な蹴りだった!」
「いえ、ですから……」
「そうだ。なあ、さんは、今から帰るところなんだよな?」
話を聞かない一が、どんどん進めていく。
「良かったら、ウチこねぇ?一度、ゆっくり話してみたかったし」
「あの、ですが……」
「あ、メシがねぇから買わないと。うーん、さんは何が好きなんだ?」
「……夕食でしたら、僭越ながら私が用意いたしますが」
「マジで!?さんの手作り料理、食べたことないから楽しみだぜ」
期待した目が心に痛く突き刺さる。
何せ、今持っているのは誰にでも用意できる冷やし中華だ。
きちんとその事を理解させながら、彼女は一の家へと向かった。
「エプロンねぇけど、いい?」
「構いません。とりあえず、必要なものだけ出して頂けますか?」
必要な道具だけ出してもらい、は準備にとりかかる。
まずは卵を火に通した。
その間、暇な一は椅子を台所の近くに運び、背もたれに腕を置いて座った。
「なんか、さんの私服姿って新鮮かも」
できた卵を冷やすために脇に置き、はお湯を沸かし始める。
「そうかもしれませんね、いつもは翼様に呼ばれてお会いしますから」
野菜を洗いながら、彼女は答えた。
休日とはいえ、は翼に呼ばれると必ずメイド服を着用する。
気にするなと彼らには言われるのだが、永田のいる手前、そう簡単に私服にはできなかった。
「ですが、お恥ずかしいかぎりです。このような格好を見られてしまって」
「それはそれでいいと思うぜ。他の時もそんな服なのか?」
「多種多様ですね。誠に恐縮ながら、翼様から服を頂くこともありますので」
キャベツ、トマト、キュウリ、そしてハム。
野菜が多めなのはの好みが影響している。
「……ところでさ、さん。翼もいねぇし、その……敬語、無しにしねぇ?」
「一さんは翼様のご友人ですし、身分も私より……」
「んなの気にしてねぇって。俺よりさんの方が年上なんだしさ」
突然の要求に戸惑い、は振り返る。
屈折の無い笑みに負け、彼女は肩をすくめた。
「分かった。翼様がいないところでは、そうする」
「おっし、なら俺の名前も呼び捨てにしてくれよな」
一の顔を見ずとも、嬉しそうなのが声で分かる。
彼の勝ちであった。
「へへっ。なんかミョーに興奮してきた!」
「……あまり聞きたくないけど、どうしたの?」
「こうしてると、俺たち夫婦っぽいなぁって……」
よほど嬉しかったのか、一は素直に答えてしまう。
自分の言ったことの重大さに気づいた彼は慌てた。
「や、なんでもない!今のは聞き流してくれ!」
「別にいいけど……そういうことは、好きな子以外に言ったらダメだからね」
湧き上がった湯に麺を入れる。
あと少しで完成だ。
しかし、一はに言われたことが胸に刺さる。
「……一?なにかあったの、急に黙るなんて」
「なんでもねぇ……」
彼女にとって一は、まったく異性として意識されていないらしい。
舞い上がっていた思いは、いつのまにか急降下していた。
その間には冷やし中華を完成させる。
「お腹すいて元気ない?ごめんね、お肉じゃなくて」
「そういうわけじゃ……まあ、いっか。そういうことで」
「元気がない一くんに、とりあえず……はい、あーん」
盛り付けていたトマトを一欠けら手に取り、は口の前に持ってくる。
照れながらも、一は口を開けた。
「はい、よく出来ました」
「……ガキ扱いは止めろよ」
それでも、居心地が良くて一は困った。
男として見られていなくても、それはそれで良いと思えた。
果たして、彼の思いは恋なのか、憧れなのか。
それを知るのは、もう少し先である。
- back stage -
管理:結局、何が書きたかったと言いますと。
草薙:言うと?
管理:ヒロインの回し蹴りに感動する一君。
草薙:……それだけか?
管理:おうよ。
草薙:……ちゃんと俺が相手の夢を書けよ!
管理:これじゃ満足できないのかい。
草薙:普通はしねぇだろ!
管理:他のキャラの方が(愛ゆえに)扱い悪いのに贅沢な……
2008.07.29
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