難破騒動



 「夏と言ったら!?」


突然、ハルヒが部室で叫ぶ。
まずは、いつものように俺が最初に口を開いた。


 「唐突にどうしたっていうんだ」

 「夏といえば、何って聞いてんのよ」


答えなければ、彼女は満足しないらしい。
が仲良く声を揃えた。


 「暑い」

 「そういうことじゃないわよ、双子」


いやいや、こいつらの言うことは最もだと思う。
俺だって暑いのは嫌だ。
下敷きを団扇代わりにして扇ぐ二人に同意していると、ハルヒに頭を叩かれた。
何で俺が思ってたことがバレたんだ。


 「海、ですか?」


今日も愛くるしいメイド姿の朝比奈さんが首を傾げる。
その動作も可愛らしい、この湿気たっぷりのじめじめした暑さを忘れられるぐらいだ。


 「それもあるけど、今日は違うわ」


今日は、てなんだよ。
ああ、そうか。
そういえば、前に古泉の案内で孤島へ行ったことがあったか。
もう飽きたってことかもしれない。


 「では、山とか」


その古泉が答えてみるが、ハルヒは首を縦に振らない。
いい加減、教えてくれたっていいだろう、お前が何を企んでいるのか。


 「失礼ね、何も企んでないわよ」


どうだかね。
どっちにしろ、厄介な事ではありそうだ。


 「夏といえば、カキ氷でしょ」

 「別に夏でなくても食えるだろ」

 「馬鹿キョン。暑苦しい夏に食べるから美味しいんじゃない」


ムカつくが、ここは言い返さないほうが良いだろう。
どうせ、聞かない奴だ、こいつは。
がもしや、と言った顔つきで訊ねる。


 「その氷を探しに行こうとか言うの?」

 「さすが、!よく分かってるじゃない」


分かりたくもないだろ、そんなこと。
ていうことは、あれか。
北極とか南極とか、氷山のあるところへまで行くっていうのか。


 「行けると思わない?」

 「思わねえよ!」


俺との声がハモる。
話がどんどん可笑しな方向へと行くのに、長門は相変わらず読書中だ。


 「大丈夫よ、船で適当に進んでいったら見つかるわ」


そんな簡単に辿り着けるか!
せめて氷は諦めて、今回も船に乗って海を楽しむってことで良いと俺は思う。


 「あ、それなら行く!」

 「そっちの方が楽しいだろうな」


よし、まずは双子の賛同を得た。
しかし、ハルヒの顔は浮かばれない。
どうしたらいいんだ。


すると、何やら思いついたがハルヒに耳打ちをする。
何を言ったかは分からないが、明るくなっていく表情は明らかに何かを企んでいた。


 「仕方ないわね。じゃあ、船での旅行でいいわよ」


とりあえずは、難は去った・・・のか?











なんてことを思った俺は、本当に馬鹿だった。
ハルヒ絡みで何事も起こらないはずがない。


 「大変なことになりましたね、

 「呑気に笑ってる場合じゃないでしょ、一樹」


そう、俺達は今、遭難中。
近くの島に流れ着いた他の乗客もいるが、ここには俺と古泉としか見当たらなかった。
ハルヒ達は、他の場所に一緒に辿り着いていると願おう。


 「まあ、救助がすぐに来るしょう。港からそう離れていませんから」

 「古泉。お前、まさかこうなる事を予測してなかっただろうな?」

 「僕は今回の件に関して、何も関係がありませんよ」


緊急事態だというのに、どうして笑っていられるんだ、こいつは。
その分、が不安がっている姿は可愛らしく見える。


 「ちゃんと、救助が来るかな」

 「来ますよ。どこかの誰かさんが帰らなくても良いと思わない限り、ですが」


どこかの誰かさん、てハルヒの事だろう。
頼むから、それだけは勘弁して欲しい。
そんなことを言ったら、は怖がるんじゃないか?


 「帰らなくても良い、かぁ。それはそれで、面白いかも」

 「そんな物騒なことを思うな」

 「だって、キョンと一樹が一緒なら、楽しく生活できそうだもん」


無邪気な笑みで返されちゃ、こっちも悪い気はしない。
分かってやっていたとしても、許せるぐらいだ。


まあ、夜ぐらいまでなら、待ってやっても良いか。










 「なんなのよ、一体!いきなり船が沈むだなんて!」


近くの島に漂流できた俺は、混乱している涼宮と一緒にいた。
何で、キョンじゃなくて俺がここなんだよ。


 「聞いてるの、!」

 「聞いて・・・お。あそこにいるの、朝比奈と長門だ」

 「そうやって誤魔化そうとしたって、そうはいかないわよ」

 「いや、本当だって。ほら」


彼女の後ろを差す先には、ふらつきながらも歩んでくる朝比奈。
その横で濡れたままの本を持っている長門も近づいてきた。


 「二人とも、無事だったみたいね。キョン達は見た?」

 「いいえ、ここにいないんですか?」


てっきり、俺達といると思っていたのか、朝比奈の顔が青ざめていく。
長門は心配かけまいと気を遣ってくれたのか、口を開く。


 「三人も無事」

 「そんなの分かるもんじゃないと思うけど。まあ、が大丈夫そうなら良いわ」


・・・良かったな、
涼宮に気に入られてるなら、きっと何が起こってもお前は無事だ。


 「ところで、救助は来るのかしら」


人数が増えたからなのか、自分より弱い朝比奈が一緒になったからか。
普段どおり強気な涼宮が、まともにこの状況をどうすべきか考え始めた。


 「来るだろ、そりゃ。乗客はたくさんいたんだし、連絡ぐらい船が沈む前に入れてる筈だ」

 「そ、そうですよね、助かりますよね」


朝比奈、そんなに怖かったのか。
ちょっと申し訳なくなってきたら、長門がボソリと俺にだけ聞こえるように呟いた。


 「貴方のせい」


悪かったってば。
涼宮に難破とかそういう危ない思考を与えたのは、確かに俺だった。
迂闊すぎたかもしれない。


 「そうそう、そこまで心配しなくても、すぐ来るって」


今にも泣きそうな朝比奈の頭を撫でてやる。
逆に泣かせてしまった。
どうすれば良いんだよ、俺。


 「ちっとも面白くないじゃない」

 「何か言ったか、涼宮?」

 「別に」


急に不機嫌になったな。
どうすれば良いのか分からないのに、長門は突っ立ってるだけ。
その本、いい加減に手放したらどうなんだ?


 「まだ読み終わってない」


あとで乾かして読む気ね。
この三人相手に、俺一人で対応しきれないと思っていたら、意外なことに船が視界に入った。


 「あ、朝比奈。ほら、救助隊っぽいぞ、あれ」

 「ちょうど良い時に来たわね。もう退屈してたところよ」


涼宮が少し元気になる。
これ以上のトラブルは起こらなさそうだ。
船に乗ると、先に救助されたらしい、キョン、古泉が迎えてくれた。
涼宮は、新しい船の探検よ、とか言って朝比奈と長門と一緒にどこかへ行った。


 「今回は、やけに早く事が済んだな」

俺が三人に声をかけると、キョンが頷く。


 「珍しいこともあるもんだ。遭難が2時間も経たないうちに終わったんだからな」

 「涼宮さんがつまらないと思えば、事件はすぐに解決してしまいますからね」


古泉の言葉に、が俺を問いつめる。


 「そういえば、は何て言ってハルヒを船の旅で納得させたのよ?」


こんな形で皆を巻き込んだなら仕方ない。
渋々、言いたくもない恥ずかしい台詞を口にした。


 「船が沈むことがあったって、俺が涼宮を守るに決まってるだろ、って」


三人が何も言わずにただ俺を見つめてくるだけで、気味が悪い。
対応に困っていると、涼宮の怒った声がその場の時間を動かした。


 「ちょっと、あんた達!ぼさっとしてるなら、他の乗客の面倒を見てあげなさいよ!」



・・・いつのまに、ボランティアになってたんだ?














-back stage-

管理:事件を起こす前に潰す私。
キョ:デジャヴだな、この光景。
古泉:世界の破滅が無いから別物だそうですよ。
キョ:普通、それで良いわけないだろ。
管理:だってー、少しは刺激が欲しいって編集者が言うからー。
キョ:いないだろ、編集者なんて。
管理:ハルヒがそうなんだけど。
キョ:笑えない冗談はよせ!

2007.08.07