雨がポツリ、ポツリと降り始める。
空の様子を見て、はため息を吐いた。
雨上がりの掛け合い
「帰りにバッタリ出会ったんで、を連れてきましたー!」
「こんにちわー。潤に誘拐されちゃいましたー」
騒がしく店にやってきた潤は、自分の先輩にあたると笑いあっていた。
その会話に参加するのは、一郎。
「違うでしょ、そういう時は拉致されたって言わなきゃ」
「はっ、なるほど!恐れ入れました!」
「もまだまだ甘いね」
「・・・俺は、どこからつっこめば良いんだ」
三人が煩いのを冷やかに見る進藤の言葉で、やっと騒ぎは治まった。
潤が店に入る準備をする間に一郎がを席に案内する。
水を置きに彼女の元へ行くと、は鞄から一枚の紙を取り出す。
初めてこの店に来た時、メニューが読めなかった彼女に一郎が英訳して渡した物だった。
「活用してくれてるんだ」
その事が嬉しかった一郎は、口元が緩むのを抑えながら喋った。
だが、幸せそうにその紙を握り締めるの笑顔に気をとられる。
「これで日本語の勉強も、ちょっとだけしてるんだよ」
「へえ。でも、カフェのメニューで勉強できるわけ?」
「んー・・・ま、一文字ずつなら?」
の笑う顔を見ていたいと思いつつも、一郎の意識は勝手に遠のいていく。
目覚めることができたのは、潤が口に菓子を詰め込んでくれたおかげだ。
「一郎くんてば、また眠るんだから。もお菓子持っておいた方が良いかもよ」
「そうかもしれないね」
潤から菓子を少し受け取り、はそれを大事に鞄に収めた。
そのまま潤に注文をし、彼女は本を取り出して読み始めた。
「推理小説?」
注文された飲み物とケーキを机に置き、一郎はの手にする本の表紙を覗き込んだ。
突然声をかけられた事に驚きながらも、は答える。
「そう。外の事を忘れる為に、集中するものが欲しくて読んでるだけなんだけど」
言われて、一郎は外の様子をうかがった。
雨は先程よりも強くなっていることが、音だけでも分かる。
「雨は嫌い?」
「嫌いじゃないけど、今日は他にもありそうだから」
苦笑いする彼女は、何かを恐れているかのように見える。
一郎はそれが何なのかは聞かず、代わりに提案した。
「仕事が終わるまで待っててくれるなら、家まで送るけど」
てっきり笑って断るかと思った彼だったが、の顔はどこか安心した様子だ。
しかし、すぐに顔が引き締まり、申し訳無さそうにする。
「悪いよ、一郎の家と方向が違うかもしれないし」
「一人じゃ怖いでしょ、帰るの。あ、それとも俺じゃ頼りない?進藤さんを無理矢理連れてく?」
「あの人は、無理矢理に連れて行くのも難しいでしょ」
彼の行き過ぎた提案に呆れるが、はまた笑うようになった。
迷惑でないなら、ということで彼女は一郎が仕事を終えるまで本を読み続けた。
今日は客が少ないから、とに気を遣った進藤は一郎を早く上がらせた。
ちゃんとを家まで送ってよ、と潤に見送られながら二人は店を出た。
お互いに傘を差しているので、少し距離ができてしまう。
「忘れ物はない、?」
「無いよ。そういう一郎は大丈夫?」
「家の鍵があるから、なんとかなるでしょ」
「そういう問題なの?」
「そういう問題なの」
何それ。くすりと笑ったを見て、一郎は微笑んだ。
「やっぱ、笑ってる方がは可愛いよ」
「え?」
「なんてね」
「か、からかわないでよ!」
顔を赤くして、傘を振り回そうとするに一郎は構える。
だが、空が光った以外、何も起こらなかった。
どうしたのかとに目を向けると、彼女は体を縮めてブツブツ言っている。
声をかけようとしたら、雷鳴と共に誰かの悲鳴を耳にした。
もしや、と思った一郎はに問う。
「雷、苦手?」
「べ、別に苦手なんかじゃ・・・ひゃ!?」
空が光り、彼女の否定の言葉は遮られる。
平然とその様子を楽しんでいる一郎は言った。
「苦手なんだ」
「・・・うん」
観念したは素直に答えた。
その答えに満足した一郎は、彼女と同じ目線になって頭を撫でた。
「俺と一緒に帰れて、ラッキーだと思ってる?」
「思ってる」
「それって、相手が俺だからラッキーだと思ってる?」
一郎にとって、一番聞きたかった質問をしてみる。
だが、はくしゃみをして何を言っていたのか聞いていなかった。
しゃがみこんだ事で、地面を弾いた雨が体を冷やしたのだろう。
ため息を吐いた一郎は、に手を差し伸べて立ち上がった。
「風邪ひく前に、家まで送るよ」
「あ、ありがとう」
立ち上がったと共に再び歩き始める。
だが、途中から一郎は真っ直ぐ歩かなくなっていた。
「一郎?」
彼の前に出て、顔を覗いてみる。
器用にも彼は歩きながら寝ていた。
は困ったが、潤からもらった菓子を思い出し、鞄から取り出した。
恐る恐る一郎の口にそれを入れてみる。
しかし、慎重にしすぎた彼女は、菓子と一緒に自分の指も銜えられてしまった。
普段とは違った歯応えがあると感じた一郎は、目を開けた。
そこには、顔を真っ赤にして一郎を困ったように見つめるがいる。
なんだろうか、と不思議に思っていると、が喋った。
「えーと、ごめん。お菓子入れた時、自分の指も挟まれちゃったんだけど・・・」
慌てて一郎が口を開くと、は手を引っ込めた。
自分は何をしていたのだろう、と互いに目を逸らして歩く。
その間に、雷も雨も止んでいた。
「ど、どうもありがとう、でした」
の家に着き、ぎこちない様子で彼女は礼を言った。
落ち着きを取り戻した一郎は、平然とそれを受け止める。
「俺こそ、ありがと。がいなかったら、雨の中倒れてたかも」
その言葉で、は先ほど自分の指が銜えられた事を思い出す。
またも赤くなってしまった顔を見て、一郎は小さく笑った。
「今度は、を味見させてよ」
「じょ、冗談は止めてよ!」
怒ったが玄関へ手をかける。
その扉が開く前に、彼女は振り向いて悪戯っぽく微笑んだ。
「もし、生クリームが指についたら舐めさせてあげる」
扉の向こうへ消えていった姿を見届けてから、一郎は自分の赤くなった顔を手で覆った。
「そっちこそ、冗談は止めてよね」
-back stage-
管理:一郎くん、再び!
一郎:物好きだね、俺をまた書くなんて。
管理:そうかな?
一郎:絶対に一回は寝ちゃう俺を書くの、難しくない?
管理:それはあるけど、進藤さんと比べちゃはるかに楽よ。
一郎:あの人と一緒にして欲しくないけどね。で、タイトルの意味は?
管理:君も言うね・・・題名は、要するに最後の冗談の言い合いが告白っぽい事を指してるのです。
一郎:よく分からないから、気にしないことにする。
2006.11.16
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