ジェリーの観察日記・零



 「貴様には、二つの選択肢がある。一パイロットからやり直すか、オレンジ畑を耕すかだ」


ギルフォードの笑えない冗談に、ジェレミアは歯を食いしばる。
もはや、彼が築き上げてきた栄光への道は、完全に閉ざされていた。
頭を下げたくない気持ちで、口を開きかけた、その時。
入り口が何やら騒がしくなった。


 「ギルバート、もう一つだけ選択肢を増やしてもいい?」


入ってはいけないと兵士に止められたって聞かない、白衣の女が話しかける。
親しげにギルフォードを呼ぶ彼女を目にし、彼は顔を顰めた。


 「勝手な事は困るぞ、。また遊びに来たのか」

 「ちゃんとコーネリア様の許可は頂いたわよ。そう怒らないでよね」


許可が下りているならば、仕方ない。
一歩下がった彼の代わりに、がジェレミアの前に立った。


 「最後の選択肢はね、これを飲むこと」


紙パックのオレンジジュースを目の前に掲げられ、ジェレミアはさらに傷ついた。
この女もからかいに来たらしい。


 「断る。第一、飲みかけではないか」


ストローが刺さっているのを顎で指してから、彼はそっぽを向いた。
は残念そうにする。


 「これを飲むだけなのに。このままじゃ、あなた、本当にオレンジ畑を耕すしかないよ?」


一パイロットに成り下がるのは、ごめんでしょう?
裏の無い笑みで話しかけられ、ジェレミアは何故だかこの女を信じてみることにした。


 「飲むだけだな?」

 「うん、飲むだけ」


飲みやすいようにストローを向けられる。
意を決して、彼はそれを飲み干した。
途端に、が嬉しそうに飛び回る。


 「実験体、ゲット!」

 「・・・は?」


哀れむ気も無いギルフォードが、状況の分からぬジェレミアに説明してやる。
彼女は、いつもこうなのだ、と。


 「いつも、どうだと・・・な、なんだ?意識が・・・」

 「ああ、薬の作用で眠くなるだけだから、安心して。貴方の面倒は、私がちゃんと見るから」


無邪気な笑顔でが何かを言っていたが、ジェレミアは最後まで聞き遂げることができなかった。










 「えー?ってば、本当に面倒を見る気なわけ?」

 「あんな大きい動物を扱うの、大変そうよ?」


仲の良いロイドとセシルは、の自宅を訪れていた。
長年研究していた成果が現れたと、彼女から報告があったからだ。
別室にいる実験体の面倒を引き受けることにした彼女に、二人は反対した。


 「大体、あのプライドの高い彼が、そんな事を許せるとは思えないけど」

 「大丈夫よ、ロイド。彼は、今までの思い出は全て忘れてるから」


そこが私のすごいところなのよ。
呑気に紅茶を飲むは、自慢げに言う。
大きなソファを一人で占領しているのが、まるで彼女の心を表しているかのように見えた。
それでも、セシルは不安だった。


 「だけど、それじゃ最初から全部躾けなくちゃいけないんじゃないの?」

 「私は思い出だけを消したのであって、知識を消したわけじゃないわ」

 「さぁっすが、

 「面倒なことは嫌だからね」


ロイドが褒めるのでは喜ぶ。
セシルは、もう何も言えなかった。


そこに、別室で休んでいた彼の姿が見えた。
不安げな様子で、三人を観察している。
それに気づいたは、優しい声で話しかけた。


 「おいで。何も怖がることは無いんだから」


手招きをされた彼は、耳を立ててゆっくりと歩み寄った。
慎重に差し出された手の匂いを嗅ぐ。


 「まるっきり、猫の行動だねぇ」

 「本当に。これが、あの人だったなんて信じられないくらいですね」


もう恐怖心は無いのか、に頭を撫でられると、彼は隣に腰をかける。
尻尾を揺らす彼に、は聞いた。


 「貴方の名前は?」

 「・・・分からない」


思い出が無ければ、自分に関しての情報も抜けてしまっているのだろう。
ロイドは遊び心で彼の名を『オレンジ』にすることを提案した。
だが、それを言われた側は、嫌そうに首を振る。


 「あら、どうして嫌なの?貴方の綺麗な瞳の色の名前なのに」


面白がったがフォローする。
しかし、彼は浮かない顔で答えた。


 「何故だか、嫌いなんだ」


トラウマになるほど嫌な思い出は、簡単には抜けないらしい。
楽しい名前になるかと思ったが、悲しそうに笑った。
彼女に心を開きかけている彼は、それを見て胸が痛んだ。


 「そっか、駄目か。せっかく、ピッタリの名前だと思ったのになぁ」


今度は、ロイドとセシルが呑気に紅茶を飲んでいる。
の演技は、今に始まったことではなかった。
引っかかってしまった彼は、小さな声で了承した。


 「だが、その名で呼んで良いのは、貴女だけだ」


真正面から見つめられ、は思わず見惚れてしまう。
意外と格好良いことに今更気づいた彼女は、誤魔化すかのように彼に告げた。


 「そうね。じゃあ、他の人達には、『ジェリー』って呼んでもらいましょうか」


本名だとややこしいことになりそうだし。
口にはせずとも、他の二人には意味が伝わっていた。


 「それじゃあ、僕達は、お暇しようかな。またデータを送ってよ」

 「ええ。その時は、『ジェリーの観察日記』という題名にでもしておくわ」

 「よろしく〜」


ロイドとセシルが去り、ジェリーは片付けを始めたをじっと見つめた。


 「どうしたの、オレンジ?」

 「・・・私は、貴女の名前を知らない」

 「よ。今日から、貴方の面倒を見るの。よろしくね?」


また優しく撫でられたジェリーは、ソファで眠る。
少し予想していなかった方向へと進んでいることを知ったは、ため息を漏らす。


 「体に猫耳としっぽを生やしただけなのに。まさか、性格までガラリと変わるとはね」


この猫の観察は、いつ終わるのだろうか。
薬を開発した当人ですら先が見えず、少し不安になった。











-back stage-

管理:畜生、23話のオレンジが頭から離れられないで、こんな馬鹿話書いてしまった!
オレ:それは、俺のせいじゃないだろうが。
管理:あんたのせいだ!おかげで、私の頭がイカれてるみたいじゃないか!
オレ:ならば、最初から書かなければいいだけだろう。
管理:無理だー!純粋無垢な猫ジェレミア浮かんでしまった時点で、無理だー!
オレ:突発的過ぎるぞ、あまりにも。
管理:うん、だから、不定期更新になるかと。
オレ:・・・それで良いのか?
管理:誰もオレンジ夢なんて期待してないと思うから良いんだよ。

2007.04.02

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