「本当に毎日ありがとうございます、さん」

 「いえ。特に何かしているとは思っておりませんので」


バカサイユ専用のメイドとして雇われている
彼女は朝の日課の一つをこなし、今は職員室で衣笠と共にくつろいでいた。
まだ生徒が訪れる数は少ない時間ではあるが、はすでにメイド服を着用している。


 「そんなことありませんよ〜。あなたの本能は役立ってますから」

 「衣笠先生でしたら、彼の行動を読み取ることが可能だと思いますが?」

 「計算や予測はできますが、的確にあると分かるわけではありませんので」


衣笠が誰かからか貰った高級茶を飲む。
人に仕える身分であるにとっては、これが至福の時だ。


 「しかし、懲りませんね、清春さん。いまだに職員室に罠を仕掛けるなんて」

 「ふふ。それが彼なりの愛情表現ですからね〜」


まったく動じない彼に感心しつつ、は前から気になっていたことを訊ねてみた。


 「ですが、今まで放置していたのに、どうして急に罠を取り外そうと?」

 「今は悠里先生がいますからね〜。さすがに、彼女が罠にかかるのは可哀想だと思いまして」


つまり、それまでは男性教員が被害にあっても構わなかったということである。


 「それに、こうしてさんと時間を過ごせるのも悪くないかと」

 「私と……ですか?」

 「ええ。悠里先生もそうですが、あなたもぼくと普通に接することができるみたいですので興味深くて」

 「普通に接する……ああ、確かに先生に貢いだりしてませんね」

 「貢ぐ……という意味で言ったつもりじゃないんですが」


何やら違う考えがあったらしく、衣笠は頬を掻く。
は分からず、ただ黙ってお茶を飲んだ。


 「それも、あなたの潜在能力が察知して、危険を回避してるのかもしれませんね〜」

 「……よく理解できませんが、私は衣笠先生を危険人物だとは思ってませんよ」

 「それは良かった。ところで、さんは今夜、空いてますか?」


お茶を飲んで和んでいる彼女に衣笠は聞く。
しかし、彼はすでに答えを知っていた。
無いように、こっそり裏で仕組んでいたからである。
それを知らないは、首を横に振った。


 「今夜は、珍しく予定はありません。いつもなら翼様のご命令でご自宅に通っていますが」

 「では、今夜はぼくと一緒にご飯を食べに行きませんか」


二つ返事では了承する。
それにしても、と彼女は苦笑した。


 「今までもお誘いしてもらっていたのに、断り続けていて申し訳ないです」

 「いえいえ。あのB6に仕えてるんですから、大変でしょう」

 「辛いと思った事はありませんが……大変ではあります」


むしろ、辛いと思う暇がないのではないのだろうか。
B6を知る者ならば、そうつっこむだろう。
しかし、実際にはその忙しさを楽しんでいた。


 「ふふ。なんだか、妬いちゃいますね」

 「何にですか?」

 「仕事に一生懸命なさんや……その他にも、色々と」


彼が言葉を濁したところに、秘かな思いが隠される。
今はまだ言うべきではないと判断してのことだった。


 「では、さんが仕事を終えたら、職員室に来てください」

 「あ、はい。何時にここへ来れるかは、定かではないのですが……」


B6は放課後もバカサイユで長居することがある。
常連は、眠っていて起きない瑞希と、悪戯のための下準備を行う清春だ。
そんな気まぐれな彼らが、すぐに帰宅するとは思えない。


 「大丈夫ですよ〜。きっと6時には来れますから」

 「そうでしょうか」

 「ええ。知りませんでした?ぼく、未来を見ることができるんです」


彼は微笑み、口元に人差し指を添える。
それが可笑しくて、は笑い出した。


 「ご、ごめんなさい。笑ったりして」

 「構いませんよ。ですが、本当のことですから安心して下さい」


衣笠に言われると、それが事実のように思えて不思議だ。
そう思いながら彼女は約束の確認をしていると、教員以外の人物が割り込んできた。


 「大変申し訳ありません、衣笠先生。は今夜、私との用事がありますので」

 「永田さん?」

 「すみません、。清春さんが翼様の部屋に罠を仕掛けたらしいんです。解除をお願いします」


雇い主の部屋にそのようなものがあると知らされれば、断りようも無い。
は了承し、衣笠に頭を下げた。


 「本当にごめんなさい。また衣笠先生の誘いをお断りして……」

 「さんのせいではありませんから。それにしても、驚きましたね〜」


衣笠は永田に向かって天使の笑みを浮かべる。


 「あなたにもできないことがあるとは、考えもしませんでした」

 「私もまだまだ未熟者です。衣笠先生にも不可能なことを私ができるはずないでしょう」


永田も普段のように微笑む。


 「あの〜……もしかして、お二人は仲がよろしくないのでしょうか……」


しかし、何かを感じとったは心配になって、間に入る。
だが、二人はいたって普通だ。


 「そんなことありませんよ。普通に会話しているだけです。ねえ、永田さん?」

 「衣笠先生の言うとおりでございます」

 「いえ……さっきから、不穏な空気が漂っているような……」


気になることを口にしてしまった、
仕方ないと、衣笠は苦笑した。


 「まあ、彼がわざわざ清春くんを使ってまでして、ぼくの邪魔をしたことは腹立たしいですね」

 「私も、衣笠先生の個人的な理由での通常の業務を妨害されたのには苛立っているかもしれません」


意味は分からないが、もしかして聞いてはならないことを聞いてしまったのでは。
険悪なムードに包まれてしまい、はその場から逃げたくても逃げられない。
どうするべきか困っていると、永田がの腕をとった。


 「では、私たちはこれでお暇しましょう。翼様がバカサイユでお待ちしていますので」

 「あ、そうですね。永田さんがいるってことは、翼様がもうお見えになってるはずなのに」


挨拶をしなければ、と慌てるを見送り、永田は衣笠に一礼した。
衣笠はそれを笑顔で受け止める。


 「さんと今度こそデートできると思ったんですけどね〜」


静かになった職員室で、衣笠が茶を啜る。


 「もう一つ、障害物をどうするか考慮しなくては。ふふ」


そうして、彼は新たな策を考え始めるのだった。




FIGHT!!









- back stage -

管理:最初は衣さん相手の夢、という予定でした。
衣笠:それがどうして、彼が出てきたんでしょうね〜?
管理:……や、その……面白くしたくって……
衣笠:ああ、恋は障害物がある方が燃える、ということですか?
管理:そ、そういうことにしておいてください。
永田:たんに、管理人様が私を出したくなっただけというのが真実です。
管理:言うなぁぁ!衣さんに殺される……!!

2008.07.20

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