部活で青春を過ごす生徒の声が、窓の外から聞こえる。
君も、汗を流して頑張ってるのだろうか。
夕焼けの色に染まった教室から外を覗いても、彼の姿は見えない。
それが悲しくて、私は黒板に歩み寄った。
白い新品のチョークを手に持って、黒板に当てる。
いざとなると、何を書けば良いのか分からない。
自分の気持ちを表してみようと、右上から左下へ線を書いた。
でも、それ以上は書くことができなくて、チョークを放してしまう。
何やってるんだろう、私は。
もどかしい想いが、心の中でグルグル回る。
外が静かになり、教室は明かりを失いつつあった。もう帰る時間だ。
今日も、君に会えないまま帰宅することは、いつものこと。
いつも勝手に、私が君を待ってるだけ。
鞄を取って帰ろうとするところに、教室の扉が開く。
誰か忘れ物でもしたのだろうかと顔を上げると、そこには赤毛の少年がいた。
「あ。えーと、、だっけ?」
夕焼けの色に染まる顔は、なんだか戸惑っている。
当たり前か。私と彼は、ただのクラスメートなんだから。
「覚えてくれてたんだ、私の名前」
「そりゃ、同じクラスの奴だし」
クラスメートだからといって、誰もが全員の名前を覚えるわけがない。
だから、自分の名前を知ってくれていただけでも嬉しかった。
プリント、プリント。
そう呟いて、彼は自分の机に向かう。
名残惜しいけど、その背に別れの言葉を告げると、引き止められた。
照れくさそうに頬をかく仕草にドキッとする。
「その、さ。暗くなってきたし、俺が送ってやるよ」
どこへ、と聞くには不粋すぎる。
予想もしなかった好意を素直に受け止められなくて、断った。
だけど、彼は引こうとしない。
「本当に大丈夫だよ、ルーク君。家は近いから」
「いいって、遠慮するなよ。どうせ、方向は一緒なんだから」
ほら、行くぞ。
忘れ物を鞄に仕舞った彼が、私を待つ。
嬉しくて舞い上がった私の顔は、きっと赤くなってる。
太陽を背にしていて、助かった。
でなきゃ、私の気持ちがバレてしまっていたかもしれない。
ただのクラスメートである私を気遣ってくれて、嬉しかった。
会話をあまりした事ないのに、親しげに名前を呼ぶことを許されて、喜んだ。
私の家が、実は彼の家に近いことを知っててもらえて、驚いた。
結局、緊張しすぎて何を話したか覚えてない。
なんて勿体無い事をしたんだろう、と反省をしてたら、次の日を迎えた。
時間が経つのは、なんと早いことか。
今日も、誰もいない教室で放課後を過ごす。
昨日みたいな奇跡は、二度と起こらないだろう。
そう思いながらも、彼の顔を浮かべて僅かに期待をする。
この想いを口に出したくて、でも出せなくて。
再び新品の白いチョークを用意して、黒板の前に立つ。
昨日書きかけた文字は、消えていた。
だけど、そこに在るかのように、続けて左上から右下へ線を書く。
私の手は、またそこで止まった。
窓からは、誰の声も聞こえない。
帰る時間になったので、支度をする。
その間、ずっとドアが開かないか余所見をしながら。
心の底から願っていたから、扉が開いた時は見間違いかと思った。
「あれ、また会ったな」
「ルーク君は、また忘れ物?」
「きょ、教科書なんて滅多に家に持って帰らねぇから、仕方ないんだ」
「そっか。だから、いつもテストは悪い点数を取ってるんだ」
ばつが悪そうな顔が可愛くて笑うと、彼は拗ねてしまった。
そっぽを向いた彼が、ポツリと呟く。
「そういうとこだけ、見てるんじゃねえよ」
「そう思うんだったら、今度は補習を受ける人のリストに入らないようにね」
すっかり落ち込んだ彼が気がかりではあるけど、もう帰らなくてはならない。
私が時計を見上げると、彼は謝ってきた。
「あ、わりぃ。俺、待たせてるよな」
「え?」
「よし、完了!行こうぜ、」
夕陽よりも眩しい笑顔で言われて、ようやく一緒に帰れることを理解する。
こんな奇跡が二度あって、良いのかな。
それからは、彼が部活のある日は一緒に帰るようになった。
二度あることは、三度ある。
それ以上の幸せを感じながら、私は黒板に自分の気持ちを一画ずつ書いていった。
たとえ叶わないかもしれない想いであっても、告白をしよう。
いつも一画でしか表せなかった自分の気持ちを相手に伝えよう。
だけど、この溢れんばかりの想いは、口では言いきれないから。
新品の赤色のチョークを使って、広い黒板にありったけの想いを綴る。
右上から左下。そこから、右下へ向かって。
始めた頃とは違って、すらすらと文字を書いていく。
最後の、左上から右下へ画く曲線で、書き終える。
形にした想いを教室の後ろまで歩いていって、眺めた。
何かが足りない気がして、黒板に戻る。
文字の後に上から下へ直線を引き、その下に丸を書いて、ようやく納得できた。
もうすぐ、君がやってくる時間。
溜まりに溜まった気持ちを受け取ってもらえるだろうか。
ガタリ、とドアが開く音がして、私は自分の胸の高鳴りしか聞こえなかった。
黒板に大きく「好き!」
「うわ!なんだ、これ?」
「ルーク君の事が大好きです!」
「誰が?」
「私が」
「俺を?」
「君を」
「・・・俺もだよ」
-back stage-
管理人:実はルー君も話す機会を窺っていた、というありきたりな設定で企画に提出しました。
ルーク:うっわ、恥ずかしいな、おい。
管理人:結構がんばったと思ってる私に対して失礼な発言だね。
ルーク:だってこれって、めちゃくちゃ少女漫画みてえ・・・
管理人:くす。みたいじゃなくて、そうなんだよ?
ルーク:うげ!?
管理人:いいじゃん、「ルーク君」なんて言い難そうな言葉を面倒がらずに使ったんだから。
ルーク:そういう問題じゃねえだろ。
2006年執筆
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