信じられない光景だった。


今日は朝から激しい雨が降り続けていた。
誰であろうと、傘がなければ外を歩くことは難しいと判断できる天気だ。
それだというのに、今、私の前にいる学校の生徒は傘を差さずに歩いている。


 「何をやってるんですか、さん!」


寄席を観に行った帰り、偶然にも出会った生徒に駆け寄る。
普段の明るさがない彼女は私の姿に気づいていなかったのか、驚いた顔をした。


 「ショウちゃん?どうしたの、こんなところで」

 「私の家がこの近くなんです。それより、あなたこそ、どうして」

 「そっか、家がここら辺なんだ。覚えておくよ。じゃあ、また学校で」


私の言葉を遮って、再び歩き始める。
まるで雨が降っていないかのような振る舞いに、呆気に取られる。
しかし、すぐに我に返った。


 「待ちなさい!そこまで濡れているのに放っておけるはずないでしょう」

 「……ここまでずぶ濡れなんだから、今更な話だと思うんだけど」


目を合わせようとしない彼女の様子だけでなくとも、何かあったと考えられる。
それを聞き出すことはしない方が賢明だということも。


 「とりあえず、私の家に来なさい。これ以上、体を冷やしてはいけない」


半ば強引に家へ連れて帰り、まずは彼女にぬるま湯でシャワーを浴びさせる。
本当ならば風呂にじっくり浸からせたいところだが、そんなことも言ってられなさそうだった。
服を見たところ、彼女の肌への密着具合からして、今日一日外で過ごしていたかもしれない。


 「ズボン引きずるから、脱いでもいい?」

 「駄目です。我慢しなさい、それが今うちにある一番小さなサイズなんですよ」

 「……下着を買いに行ってくれた時に、一緒に服も買ってくれば良かったのに」

 「そ、それは……私が迂闊でした、すみません」


彼女がシャワーを浴びている間に、きっと濡れて着れないであろう下着を近くのスーパーに買いに出ていた。
さすがに下着は男物を出すわけにはいかないと思っていたが、そのせいか、それ以外に気が回らなかったようだ。
まさか女性の下着を買いに出ることになるとは、誰が予想していただろうか。


 「ですが、まだ救われましたね。真田がそのパジャマを置いて行ってくれて」

 「あ、やっぱりこれ、サナちゃんのなんだ。大きいは大きいけど、ショウちゃんのサイズじゃないよね」


余ってだらしなく下がる袖を代わりにめくりあげると、幾分か元気を取り戻した彼女が礼を言う。


 「適当に座ってなさい。今、お茶を淹れます」


ソファに座って、勝手にテレビを見る彼女に湯呑みを渡す。
一口飲んだだけで、その顔は緩んだ。


 「あったかーい。おいしーい。しあわせだー」

 「気が緩みすぎです。お茶を溢さないように」

 「ふふ、はーい」


すっかりいつもの調子に戻ったみたいで、安心する。
外で見かけたときは、この世から消えたがっているように見えた。


 「ねえ、ショウちゃん?」

 「何ですか」


何かを話してくれるのだろうか。
極力、優しく答えた。


 「実はさ、今日まだご飯食べてなくて……急にお腹空いちゃった」


普段なら呆れてしまうが、今日はその照れた顔が可愛く見える。
苦笑いするしかなかった。


 「仕方ありませんね。さんは好き嫌いがありますか?」

 「なんでもこい!」

 「では、昨日の夕食の残りでよければ、すぐに出します」











 「そういうわけですので、さんの服の乾燥が終えれば……」


食事を済ました彼女から真壁君の秘書の連絡先を教えてもらう。
彼女の保護者代わりに事の成り行きを伝えていると、やけに彼女が静かであることが不気味に感じた。
話を中断して、彼女に声をかけるが、返事はない。
ソファから寝息を立てている音が聞こえる。


 「申し訳ありません。さんが寝てしまっているので、明日きちんと帰らせます」


電話を切ってから、一応起こそうと肩を揺らしてみる。
ぴくりとも反応しなかった。


 「せめてベッドで寝てくれればいいものを」


その体をそっと抱えて、ベッドに運ぶ。
布団を被せてから自分の寝る場所を考えていると、彼女の手が伸びてくる。
拒めなくて手を握り締めると、強い力でベッドへと引っ張られた。


 「一緒……寝よ……」


もしかしたら起きてるのではないかと思わせる言動だが、彼女は眠っているままだ。
手を離そうにも、女性の力とは思えぬほどで、振りほどけない。


 「これでは、私の方が先に風邪を引きそうだ」


ああ、その前に、彼女が目を覚ましたら驚かれることを心配した方がいいのかもしれない。
頭の回転が悪い気がするのは、どういうことか。


健やかに眠る生徒の顔を眺める。
湧き上がってくるのは、いつもと違う感情。
自然と彼女の頭を撫でていた。





warmness












- back stage -

管理人:本命って、どうしてか書きにくいんだよな、私。
二階堂:いきなりそこですか、あなたは。
管理人:うん。てか、これでいいのか、貴方の口調?
二階堂:……そこにばかり気を配りすぎて、彼女の問題が解決されていないようですが?
管理人:え、解決してない?
二階堂:どこをどうとれば、そうなるか聞きたいですね。
管理人:……元気取り戻したじゃん、ちゃんと。

2008.05.26

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