「そこまで悩んでるなら、勇気を出して聞いちゃえばいいのよ」


B6に勉強してもらうための説得をバカサイユで続けていた悠里。
バイトが始まるまで仮眠をとろうとしていた瞬が捕まっていたのだが、話は既にずれていた。


 「そんな簡単に言うな……本当は興味なんて無いと言われると、さすがにへこむぞ」

 「言うかどうか、それこそ聞かなきゃ分からないじゃない」


何やら悩んでいた瞬に気づいた悠里が相談に乗っていたのだ。
都合の良いことに、バカサイユには他に騒がしくする者がいない。
そして悠里があまりにもしつこかったので、瞬は諦めて事情を話していた。


 「南先生、お茶をどうぞ」


悠里のお茶を用意する為にその場を離れていたが帰ってくる。
それを受け取り、悠里は瞬の背中を押した。


 「ほら、今ここで聞いてみなさい!」

 「だ、だが……」

 「つべこべ言わないの!」


急かす彼女に瞬は疲れる。


 「先生は、本当にトントン奉行だな……」


彼の言ったことに、悠里もも考え込む。
先に理解したと思ったのは、悠里だった。


 「ああ、豚豚奉行ってことか。さすが瞬くん、分かるのね。牛肉は高いからなかなか買えないのよ」

 「当然だ。牛肉を買うだなんて贅沢、滅多にできるわけがないだろう」

 「失礼を承知で言いますが、正しくは『問答無用』かと思われます」


の冷静なツッコミに、二人はばつが悪そうな顔をする。
先に逃げたのは、悠里だ。


 「と、とにかく。気になるなら、聞いてスッキリしなさい!」


そう告げると、彼女は職員室に戻っていった。
状況についていけないは、瞬を見る。


 「何か私に訊ねたいことがあるのでしょうか?」

 「え……あ、いや……その……大したことじゃないんだ……」

 「そうですか……瞬さん、お茶のおかわりは如何致しましょう?」

 「あ……お願いします……」


勇気を出すタイミングを逃してしまい、は再びキッチンへと消える。
次こそは、と意気込んだ瞬は鞄から取り出した紙を握り締めた。
彼のバンドが参加する、次のライブのチラシだ。


 「お待たせ致しました」


が煎茶を差し出す。
共に明太子煎餅が皿に置いて添えられていた。


 「この煎餅は……」

 「私からのささやかな気持ちです。瞬さんが悩んでいるようでしたので」


その微笑に瞬は心が温まるのを感じる。
ついに勇気を出して、彼は聞いてみた。


 「あの、さん。実は今度の日曜にライブがあるんだ……それで、良ければ来てくれないか?」


目を瞑って紙を差し出した瞬の手は震えている。
これまで、彼は一度もライブに来てもらった試しが無かった。

休みに行われるライブは度々あったが、どうしてかは来ない。
翼に連れてくるよう頼んでみても変わりはなく、とうとう彼は直接本人を誘った。


 「申し訳ありませんが、その日は都合が悪くて……」

 「そ、そうなのか……それは残念だ」


それでもチラシは受け取ってもらおうと渡すが、彼女は拒む。


 「受け取ってくれるだけでいいんだ。それで……いいから」

 「それも……できません」


苦しげな表情を浮かべるに怒りを感じ、彼は思いをぶつける。


 「どうしてだ。どうして、そんな顔をする……俺のこと、嫌いなのか?」


まるで彼女が来たがっているように振舞うのは、錯覚だったのだろうか。
真実が見えぬ笑みに瞬は悩まされる。


 「そのようなこと、ありませんよ。瞬さんは翼様の大切なご友人ですし」

 「俺が真壁の友達じゃなかったら、どうなんだ?」

 「……だとしたら、まず出会うことがなかったかと」

 「そういえば、そうだな」


もっともなことを言われてしまい、瞬は妙に納得してしまった。
簡単に流されてしまった瞬を見たは声に出して笑う。
瞬が初めて見た表情だった。


 「し、失礼致しました。このような無礼な振る舞い……」

 「いや。本当に俺が嫌われてるようじゃなくて、安心した」


力が抜けた彼は、めげずに質問してくる。


 「だとすると、俺の音楽が苦手だったりするのか?……クラシック派とか?」

 「音楽も好きですよ。ロックコンサートへ行ったこともあります」


言ってしまってから、は後悔する。
瞬にとっては、ますます分からないことが増えた。


 「ロックがいけるなら、俺のも聴けると思うが……」

 「え、えーと……ゆ、友人に誘われて行っただけなんです、その時は」

 「その時は、ってことは、それ以外にも数回行ってるな」

 「……意外とするどいですね、瞬さん」


後に引けなくなったは目を逸らす。
ここぞとばかりに攻める瞬。


 「俺も音楽も嫌いじゃないなら、どうして来れない?」


観念したは、小さく答えた。


 「翼様のご友人ですから……雇い主の友人と親しくすることを恐れてるんです」

 「……それだけ、なのか?」

 「私には十分な理由です」


何とも呆気ない理由だ。
今度は瞬が笑う番だった。


 「わ、笑わないで下さい!これでも、公私混同しないよう必死なんですから!」

 「悪かった……だが、そう言われると、本当に俺のことは嫌ってるんじゃないんだな」


もう一度、瞬はにチラシを渡した。


 「受け取ってくれ。俺は、さんのために弾きたいんだ」

 「……一度行ったら止められなくなって、しつこいくらいに通うかもしれませんよ?」

 「そうしたら、何度でもアナタの為に演奏するさ」



ふっと優しく微笑む瞬の手から、はチラシを受け取った。






この手をあなたに












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管理:無駄になげぇ!
七瀬:開口一番にそれを言うか。
管理:ていうか、君、明太子の煎餅って好きなのかな?
七瀬:知らずに書いたなら、堂々といばっておけばいいものを……
管理:何気に小心者ですから、私。
七瀬:ああ、そうか。
管理:ひでっ。流された……

2008.07.23

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