優先順位



 「ん、いい匂いがする」


は、エレベーターに乗り込もうとした足を違う方向に動かす。
鼻だけを頼りに辿り着いた部屋の表札には、『橘』と書かれていた。
迷うことなくインターホンを鳴らそうとすれば、ちょうどドアが開いた。


 「あ、橘くん。もしかして、ケーキ焼いてた?」

 「先輩の嗅覚、絶対に普通じゃないスよ」


どうして毎回バレてしまうのか。
当の昔に、には自分の趣味がケーキ作りであることを教えていたので、隠す必要は無い。
しかし、たまに彼女を喜ばせようと密に新作を試行錯誤してる時に嗅ぎつけられるのは辛かった。


 「それを言うなら、橘くんもすごいよ。よく、あたしが今ここにいるって分かったね?」

 「それは、もう馴れたから。大体、このタイミングで先輩が来るんスよ」


そんなに頻繁に来てしまっているだろうか、とは頬を隠すように手で顔を包み込む。
だが、剣之助の方は特に気にしているわけでもなさそうだった。


 「で、新作のケーキは食べます?」

 「食べる!また新作できたの?すごいね!」


大したものでは無いが、にそう言われるのは悪くない。
剣之助は笑いながら彼女を家に迎え入れようとした。
しかし、それを隣人に阻止される。


 「おい、。甘いもんをバクバク食うな」

 「いいじゃん、先生。ちょっと食べるだけだし、後でちゃんと運動するもん」


現れた龍太郎は剣之助を見る事もせず、だけに視線を向ける。
甘いことを言う彼女の頭を叩き、お腹の肉を掴んだ。


 「ちょっと、先生!」

 「そりゃ、今は掴めるもんが少ないかもしれないけどな。最初から食べない気でいないと、簡単に太るぞ?」

 「問題ないです、ケーキはカロリーを抑えめにしたものなんで」


だからこそ、先輩に食べてもらおうと思ったんだ。
その思いを目に込めて、睨みつける。
さすがの龍太郎も、ヤクザの息子が持つ眼力に圧倒された。
しかし、すぐに立て直すと、今度はの腰を後ろから抱いた。


 「安心しろ、。ちゃんとカロリーを計算した美味い飯作ってやるから、このまま俺様の部屋に来い」

 「セクハラをする先生の言うことを安心して聞けるとは、思えませんけど」


剣之助が、すかさずツッコミをいれる。
彼等の間に挟まれていたは、飛び散る火花になど気づかず、どちらを食べるか悩んでいた。


 「さっきから何なんだ、橘。俺様の邪魔をしやがって」

 「邪魔をしてきたのは、先生の方っスよ。いい加減、先輩から手を離して下さい」

 「なんだ、羨ましいのか?」


龍太郎は、彼女の腰に回す腕に力をいれる。
無理矢理にでも引き離そうと、剣之助が一歩前へ出た時だった。


 「ねえ、両方を選んじゃダメなの?」


ごく当たり前な疑問を口にしたのは、だ。
単純な答えに気づかされたが、二人は浮かない顔でいる。
しばらく悩んでから、独占欲が勝った。


 「どっちかだけだ」

 「それなら、俺がご飯も用意します」


剣之助の言葉に、の心が揺らいだ。
彼の作る洋菓子は食べたことがあっても、料理は無かったのだ。
好奇心の目で彼を見ているに、龍太郎が慌てた。


 「今日は親父からお前にって言って、旬な野菜を色々ともらったんだ。食べるだろ?」

 「え、それも気になるかも」


今度は、龍太郎に目を向ける。


 「そんなの、野菜をもらっておけば良いじゃないスか。或いは、作ってもらって明日の飯にするとか」

 「うーん、確かに、お弁当のおかずにできるかも」


再び、は剣之助へと足を向ける。
理由は無くとも、何が何でも引き止めようとした龍太郎が彼女の腕を引く。
そちらに気をとられていると、彼女の空いてる腕を剣之助が掴んだ。


 「いい加減に諦めろよ」

 「先生こそ、いい大人がみっともないっスよ」


埒が明かない。
双方がそう思った時だった。


 「先輩!こんな所に居たんだ」

 「颯大君。どうしたの?」


自然にの腕についている手を外させると、颯大はに微笑んだ。


 「やだなぁ、今日は僕の部屋に遊びに来てくれる約束でしょ。忘れたの?」


呆気に取られる男二人など放って、は颯大との会話を弾ませた。


 「あ、そうだった。ごめんね、颯大君。お腹空いた?」

 「もうグーグー鳴ってるよ。ほら早く、先輩の手料理食べたいな!」

 「う、うん。じゃあ、あたし、もう行くね」


が後ろから押されるように退散する。
颯大は彼等の視界から消える前に、勝ち誇った笑みを見せた。


 「あんのガキ・・・わざとか」

 「・・・ま、良いけど。俺は、ケーキ持ってく口実で入ってけば良いし」


部屋に戻ろうとした剣之助のドアを慌てて龍太郎が抑えた。
言わんとすることは分かっていたが、彼は訊ねた。


 「何スか」

 「一時休戦だ、あいつをから離すぞ」

 「聞くわけないだろ、あんたの言うことなんて」




無理矢理に閉じたドアに指を挟んだ龍太郎の悲鳴が、その後聞こえたという。













-back stage-

管:あっれ、甘さが無くなってるよ、いつのまにか?
龍:書いた本人が意外そうに言うなよ。
剣:ところで、これ、口調が分からないとかで大分放ったらかしにしてたはずじゃ。
管:あ、あははは。
龍:リクに答えるとか言ってたのは、どこの馬鹿だ。
管:ふぇーん。だって、君達を一番愛していたって、書けるとはかぎらないじゃん。
剣:本音を言うなよ、ここで。

2007.08.17

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