きねんび



「お待たせー!」

片手をあげてカカシが現れた。

遅刻常習犯の彼にしては早めの登場だ。

「ええっ?!もう来たの?」

は驚きを隠せない。

彼の遅刻は有名で、それが当然のようにまかり通っていた。

もちろん、もそれを計算して

待っている間に、まだ決心のつかない心を

整理しようと思っていた。

「ん〜?約束どおりのはずだけど?」

「明日は大雨か…雪なんて降ったりして。」

「え〜っ?!せっかく張り切って来たのに、

そんな言われ方、随分だね〜。」

「悪くはないけど、カカシらしくないっていうか…。」

「ええっ?オレってどんならしいの?」

「いいかげんで遅刻魔でスケベで女ったらし。」

「うわ〜、ショック。」

「でも、そうでしょ?」

「違うよ〜。けど、ま、いいか。これから分かってもらえばいい事だしね。」

何のためらいも無くそう言ってのけるカカシに

はまだ迷っている自分が恥ずかしくなる。



「…と、とりあえず、座らない?」

二人は木を挟んで背中合わせに座り込んだ。

「…で、呼び出しってコトは返事をきかせてくれるってコト?」

単刀直入なところがカカシらしい。

「…んっと…。」

カカシが此方を覗きこんでいる。

は慌てて目を逸らし、時間を稼ぐネタを探した。

「その前に、今日は何の日だかわかる?」

「ん?」

「答えられたら、返事をきかせてあげる。」



返事は、もちろんイエスだ。

はカカシが好きだった。

アカデミーの同期生だった頃からずっと。

生真面目で優等生だった彼は憧れの的。

当然も密かに結成された親衛隊の一人だった。

卒業してからは班も違い、所属も違っていたからか、

ほとんど顔を合わすことはなかったが

時折、噂される彼の武勇伝に、

見るたびに成長していくその姿に

ますます憧れの念は深まっていった。

ようやく親しくなれたのは、ほんの2年ほど前。

期間限定のカカシ小隊に配属される事が決まった時には

興奮して眠れなかった。

カカシが覚えていてくれた事も、

一緒に仕事が出来ることも嬉しくて仕方がなかった。

親しくはなってもただの同僚。

それ以上でもそれ以下でもない。

だが、はそんな関係でもかまわないと思っていた。

期間限定の小隊はついこの間、解散になったばかり。

この世の中に『永遠に続くこと』なんてありえないのだから。

最初からそう割り切っていれば別れもつらくない。

そう、そう思っていたかったのに

カカシの突然の言葉に激しく揺さぶられることになってしまった。



「ね、オレと付き合わない?」



一瞬何を言われているのか理解できなかった。

好きな人から告白されるなんて

夢でも見ているのかと思った。



「何の冗談?」

「オレはいたって真剣だ〜よ?」

「嘘。」

「もう一回言おうか?」

「もう、いいよ。冗談になっていない冗談は好きじゃないから。」

「ちゃんと、考えといて。」

いつになく真面目な顔で、の肩をポンと叩くと

カカシは姿を消した。

「冗談…だよね?」

カカシの消えた空間にむかって、

はうわごとのようにつぶやいた。



カカシは幼い頃の面影は少し残っているものの、

もっと堅物だったはずの性格は跡形もなく、

調子の良い言葉が次から次へと飛び出してくる。

仕事のセンスは抜群だが、

こと、女性に関してはよからぬ話ばかり。

愛読書だってエロ本だし、

女ったらしだっていう噂だって耳にしている。

そんな彼だから…と

綺麗なオッドアイに吸い込まれそうになっても

透けるような銀色の、しなやかな髪に指先を伸ばしそうになっても

身を委ねてしまいそうになる優しい言葉に揺れ動いても

気持ちを心の奥底に押し込んできた。



「ね、オレと付き合わない?」



まるで幻術にかかったかのように

その言葉が何度も頭の中をリピートして響く。

ずっと好きだった彼からの願ってもいない申し出に

もっと心は躍ってもいいはずなのに。



木の向こう側のカカシの様子を窺う。

腕組みをしてじっと考え込んでいるその姿に

申し訳なさを感じる。

手を伸ばし、ずっと恋焦がれていたその肩に触れても

これからはきっと許される。

それなのに素直にそう出来ないのは

自分に自信がないから。



「…で、何の日?」

「こっちが訊いてるの。」

「何かヒントちょ〜だい。ねっ?」

「ヒドイ!忘れたの?」

は下唇を噛み、今にも泣きそうな顔を作って

木の向こう側から覗いて見せた。

「ええっ?!」

カカシは必死で思い出そうと頭を抱えている。



カカシが答えられるはずが無い事は

が一番よく分かっていた。

答えはこれから決まるのだから。

ただ、返事をしてしまうのが怖いのだ。

ずっと欲していて止まなかったものは

一度手に入れたら、二度と手放したくなくなるもの。

失うのが怖いから、手に入れる前から諦める。

いつの間にか身についてしまった寂しい習性。



「里一のエリートでもわかんない?」

「まだ、降参してないでしょ。」

「んじゃ、後10秒だけ待ってあげてもいいよ。」

「はいはい。10秒ね。…と、10秒?!」

「あはははは!」



信じていいのだろうか…。

普段どおりの他愛も無い会話で、平静を装う外見と裏腹に

の心は今までになく、動揺している。



カカシの小脇に挟まれたオレンジ色の表紙に目が入った。

「ねぇ、同じ本ばかり読んで飽きない?」

「浮気はしないタチなんで。」

恐れている事に答えをなげかけられたようで

はドキッ とした。

「信じられない。」

「ホント、ホント。こう見えてオレは結構一途だからね。」

そう言われれば、手垢のついた本は

もう端っこがヨレヨレになっていて、

かなりの年季が入っていた。

「本も人も。」

そう言って、カカシはまっすぐを見つめる。



「はい、ウソ〜。ということで、没収!」

カカシの目があまりにストレートすぎて、

照れくささについついからかってしまう。

が取り上げたと同時に、ボロボロのしおりが一枚、

はらりと本から抜け落ちてきた。

「これって…」

拾い上げて、には心当たりがあった。

「と、とにかく、返してもらうよ。そろそろ時間だしね、行こうかな〜。」

カカシはからしおりと本を奪いとると

「返事は持ち越しってことで。じゃっ!」

言いながら片手をあげ、姿をくらまそうとする。

そんなカカシの腕を掴み、

「まだ持ってたんだ。」

は恥ずかしそうにつぶやいた。



アカデミー時代、くの一教室で作った押し花のしおり。

親衛隊の皆でカカシにプレゼントした。

が選んだ花は白とピンクのサクラソウ。

花言葉は『初恋』に『永遠の愛』、

まだ何も恐れていない純粋だった頃の気持ちが蘇る。

「これしかないからね〜。」

頭を掻きながら照れくさそうにカカシが笑う。



「…本気なの?」

カカシは黙って頷いた。

「教え子が、帰ってきたんだよね。」

「うん?」

「これからは忙しくなっちゃうしね〜。」

「だから?」

「…帰る場所が欲しい…っていうのかな〜。」

「場所?」

「違う、違う。」

カカシはまた腕組みをして考える。

「そういう意味じゃなくって。会えなくなっても待っていて…。」

少し、首をかしげ

「違うな〜。約束?みたいな?」

「約束…?」

が待っててくれるなら、オレ、頑張っちゃおうかな〜なんて

…思ってみたりして…」



「…ねぇ、返事がノーだったら、どうするの?」

「何事もやってみないと分かんないでしょ。それに…。」

「それに?」

「オレの写輪眼、甘くみてもらうと困るね〜。」

「ええっ?!写輪眼でとっくに私の気持ちを知ってたの?」

頬が赤くなっていくのが自分でも分かった。

「そんな事しないよ。」

カカシはクスッと笑った。

「…でも。それが返事だと思っていいね?」

今度はがクスリと笑う。

迷っていても始まらない。

しおりが教えてくれた、純粋な気持ち。

「絶対に帰って来てくれるなら、待っててあげてもいいかな。」



「…で、結局今日は何の日なの?」

「来年になったらきっと分かるよ。」





木にもたれ、読書にふける姿を見つけた。

カカシを探すのに苦労はしない。

好きな場所、好きな本、彼のことは何だって知っている。

「カカシ!」

が声をかけるとカカシは片手をあげた。



きっとこれからこの日は毎年そんな風に過ごすのだろう。

二人の始まった記念の日。

また一年、ずっとこの幸せが続くことを祈る祈念の日。









======To21のぼやき=======
キリエ様の「羽田家須木家」にてキリ番を踏みまして。
そのリクエストを快く引き受けて下さった作品です。
見事なカカシへのからかいで、こんな書き方もあるのか!と勉強になりました。
変哲もない飾り方で申し訳ないぐらいです。(でも私、飾るセンスがない・・・)

キリエ様のサイトへは、escapeのページからドーゾ。