休憩から戻ってくると、四番隊の詰所が騒々しい。
『ちゃんと治療しろ、ヘナチョコ!』とか『なんだ喧嘩売ってんのか!?』とか。
絶対に十一番隊の奴らが居るんだな。
あいつ等とは肌が合わないから、会いたくねぇな・・・


だけど、他に行く所がなかった俺は、詰所の屋根で眠ることにした。






呼び名






気がつけば、もう太陽が沈み始めていた。
あーあ。どれぐらい寝てたんだ、俺?


ボーとしてると、下から花太郎の情けない声が聞こえる。
降りてみると十一番隊隊員は帰ったのか、また静かになっていた。


 「患者さんですよ」

 「患者ぁ?男だったら俺、診ないからな」

 「それ、どうにかした方がいいですよ。一応女性です」


案内された場所を覗くと、そこには十年ぶりに見る顔。


 「お。桃ちゃんか」

 「あ、君。相変わらずだね」


何が、と聞き出す前に己の失態に気づく。


 「何の用ですか、雛森副隊長?」

 「いいよ、そんな畏まらなくても」

 「んじゃ、遠慮なく。で、何処か怪我したのか?」

 「やっぱり相変わらずだ、君は」


元気に笑う桃ちゃんを見るかぎり、何処も悪くなさそうだけど。
不思議に思って彼女の体を見つめていると、恥かしそうに目をそらされた。


 「そんなに眺めないで欲しいな」

 「悪い。で、何処か悪いのか?」

 「ううん、どこも悪くないよ」


・・・こいつは、患者として来たんじゃなかったのか?
格好悪いことに俺の口が開いてしまう。


 「お前。『患者』ってのは嘘か」

 「その方が君に早く会えるかな、と思って」


可愛い顔して、可愛い事言うんじゃねぇよ。


 「その方が桃ちゃんが仕事から抜ける事が出来たんだろ?」

 「あはは。バレた?」

 「バレバレだ」


だから、可愛い顔して、可愛い事言うなって。
久しぶりに見る桃の笑顔は眩しい。




他愛もない話をしているうちに夜になったが、俺たちは詰所に残ったままだった。
最も、晩御飯の代わりともいえる酒とつまみは買いに行ったが。


 「そういや、なんで急に俺に会いにきたんだ?」


会いに来てくれた事は嬉しいけど、気になる。
いまや副隊長である桃がわざわざ仕事をサボって来たのだから。


 「うん。ちょっと、気になる事があって」

 「なんだよ」

 「その・・・なんで君は、あたしのこと『ちゃん』付けで呼ぶのかなって」


そりゃ、疑問に思わないわけないか。
男がこんな年して女の子を『ちゃん』付けなんて。


だけど、その理由が分かってしまったら、お前は俺と距離を置いてしまうだろうな。
だから、俺はごまかすことにする。


 「気分だな」

 「嘘だ」

 「嘘じゃない」

 「嘘だよ」

 「だから、嘘じゃない」

 「絶対に嘘!君、嘘つくときは口数が少なくなるもん」

 「なってない」

 「なってる!」


誤魔化せそうにない。仕方ないだろ、喋ったらボロ出しちまうんだ。
諦めて、次の手をうつ。


 「だったら、聞くけど。なんで桃ちゃんは答えを知りたいんだ?」


すると、今度は桃が黙った。
形勢逆転だな。顔が自然とにやけた。


 「なぁ。なんでだ?」

 「し、知らない!」


明らかに不自然な態度になる桃をおちょくる。
そして、どうにか理由を吐かせることができた。


 「君って、女の人は皆、下の名前で呼ぶんでしょ?」


確かにそうだが、それがどうしたというのか。
俺には全く検討がつかない。
桃は俯き、自分の両手を硬く握り締める。


 「隊長格の人達も、女の人だったら誰でも下の名前で呼ぶんでしょ?」

 「そうだな。それが、どうかしたのか?」

 「なんで、あたしだけ『ちゃん』付けなの・・・」


ポタポタと音がしたと思えば、それは桃の涙で。
俺は信じられない気持ちになる。


 「桃ちゃん?」

 「あたしは君だけを下の名前で呼んでるのに・・・」


なんだ。そういうことか。
泣いてる桃の前で笑ってしまうが、仕方がない。
あまりにも幸せで、自然と笑みがこぼれるんだ。


 「な、何で笑ってるのよ」


少しは落ち着いたのか、鼻を未だにすすりながらも俺を睨んできた。


 「いや、俺も臆病者だったんだなぁと思って」


何が言いたいのか分からないと言って、桃は頬を膨らませる。


 「あーあ。せっかく可愛いのに、不細工な顔だな」

 「可愛いだなんて思ってないくせに」

 「思ってるよ。だから、桃だけ『ちゃん』付けだったんだ」


心の中では呼び捨てでも、現実では恥かしくてなかなか口に出来なかった。
それでも、桃の名前を呼びたくて『ちゃん』付けにしたんだ。


 「それ、本当?」

 「俺が桃に嘘つくわけないだろ」

 「さっき吐いたよ。」

 「あ、あれは桃が嘘だって見分けたからチャラ・・・」

 「嘘だよ、れっきとした」


少し眉間に皺を寄せて怒られるのも悪くはないが。
いったん、桃を怒らせたらしばらく会ってくれないだろうな。


機嫌を直させるためにも、でも照れくさいからすばやく頬にキスをする。
目を見開いて驚く桃の顔は、どんどん真っ赤になっていく。
お、こりゃ成功したかな。


 「もう!君!」


真っ赤になった理由はどうやら、怒ったせいのようだ。
わけが分からなかい。



結局俺は一晩かけても桃を宥めることはできなかった。








-back stage-

管:400番をゲットした、風鈴様のリクエストでした。
桃:風鈴様、本当にありがとうございました。お持ち帰り/返品は風鈴様のみ可能です。
管:しかし。なんで最後怒ったの、桃?
桃:え゛。管理人さん、性別は女ですよ・・・ね?
管:??うん。で、なんで?
桃:・・・次は、女心の分かる人が相手だったら、嬉しいな・・・

2005.09.13

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