鼓膜が破れそうになる悲鳴の声。
悪くねえ音色だなと、男はほくそ笑む。
「あっけねえ。ちったぁ、足掻けよな」
手足を斬られ、呻く虚を前には呟いた。
your hand
「ほい、治療終了!」
ポンと桃が怪我をした膝を叩く。
それに小さな悲鳴をあげた後、涙目で彼に訴えた。
「君!もっと優しくしてくれてもいいでしょう!」
「そんな廊下を転んでできたような怪我、痛くねえだろ?」
「痛いから、ここに来てるんだってば!」
四番隊。
ここで、は第二の人生を歩んでいた。
死神の力を持っていたが、精霊廷に呼ばれたのは数十年前。
それまで、彼はその力で、たくさんの命を弄んでいた。
虚とも匹敵するほどの歪んだ性格を持つ男。
殺し屋として名が知られていた。
そんな彼を死神にしたのは、総隊長だった。
の秘めた力を野放しにするには勿体無く、自分の手元に置こうと考えたのだ。
だが、彼の性格の悪さは直さなければならない。
自分と共に働いた仕事仲間ですら、見捨てられる男なのだ。
には、まず命の尊さを知ってもらうべく、治癒の勉強をさせた。
そして、命を奪うことが、どれだけ罪深いものなのかを感じさせる事に成功する。
その彼は刀を手に取ることを拒否した為、今いる四番隊に任命されたのだった。
は穏やかな日々を暮らしていた。
性格も人に好かれるような明るい人となった。
彼の昔を知る人も、ここにはいない。
彼は、今のゆとりある生活に満足していた。
「そういえば、君と初めて会った時も、あたしがこんな怪我したんだよね」
「ああ。目の前で顔面からすっ転んだんだよな、お前」
「す、裾を踏んじゃっただけなの!」
「ふうん。ま、そういう事にしとくか」
初めて踏み入れた精霊廷。
その時、が最初に出会ったのは桃だった。
派手に転んだ彼女を助けたのがキッカケで、にとっては初めての友ができた。
そして、彼女を通じて他の死神達と出会った彼は、周りにとってもいなくてはならない存在と化していた。
「あ、そうだ。これ、君宛てにだって」
桃が書類の中から、一枚取り出す。
それにが目を通したあと、彼女は何が書いてあるのかを聞いた。
「また虚退治に協力しろって、十一番隊からの要請」
「人気者だね、相変わらず」
「男に好かれてもな」
尤もな意見を述べられ、桃は苦笑するしかない。
そのまま質問を続けた。
「いつ行くの?」
「明後日、と書いてある」
「明後日?じゃあ、あたしと一緒だ」
嬉しそうに笑う桃に彼も応じる。
「そっちも虚退治か?」
「うん。副隊長も一応ついていくだけなんだけどね」
「戦闘中、今日みたいに転んで迷惑かけるなよ」
「しないよ!」
「どうだか」
頬を膨らませて体を叩いてきた桃の腕を掴んで、その手にそっと口づけをした。
「気をつけるように」
「・・・君もね」
大人しくなった彼女の唇を指でなぞると、桃は目を瞑って彼を迎え入れた。
「はい、お疲れ様」
隊員の治療をしに、は忙しそうに回っていた。
戦闘を楽しもうと真正面からぶつかっていく十一番隊は、怪我が多い。
一通り治療をし終えると同時に、四番隊から伝令が入った。
内容は、怪我した五番隊隊員の応急処置とのことだった。
桃の隊が相手をするはずの虚は、大して強くないと聞いた。
は、油断をした隊員を馬鹿にしつつ、霊圧を探った。
気味の悪い笑い声が響き渡る。
虚は、まだ倒されていなかった。
不審に思いながら、は隊員の姿を探す。
誰も見当たらないのが変に思えた彼は焦った。
まさか全滅したわけではない。
は、そう信じたかった。
おそらく、元々存在していた虚は退治したが、強力な敵が霊圧に誘われて現れた。
それを対処しきれない状況なのだろう。
副隊長がいるといえど、力の無い隊員を数人守りながらの戦いは大変なはず。
この仮定が正しければ、共に出た桃は怪我を負って動けないでいる。
霊圧を感じない遺体を踏まないよう気をつけながら、は頭の中で整理した。
上の奴ら、俺に退治させる気でここに送り込んできたな。
虚が鳴く声がする中、ため息を吐く。
弱々しくも感じる霊圧を探り当て、が倒れていた桃に近づいた。
「おい、桃。意識あるか?」
「・・・くん?」
「うん、俺。なんとか大丈夫みたいだな」
敵の前で仰向けに倒れる彼女の容態をすばやく確認する。
応急処置をしても、できれば早く病院で診てもらった方が良い。
こっちの話を聞けだとか騒がしい虚がうっとおしい。
は、桃の頭を撫でてから立ち上がった。
「うぜぇ。忙しいのが、見て分かんねえ?つーか、察しろ。んで、消えろ」
瞬歩で相手の仮面に斬りかかるが、腕で止められる。
驚いた隙に虚が手を振った。
それをかわしたは、少し離れて態勢を整えなおした。
「攻撃が効かねえ。腕が鈍っちまったか?」
が動くのを待ってるのか、虚は何も仕掛けてこない。
それを良い事に、彼は準備運動をした。
そして、斬魄刀を持つ手に力をこめた。
「久しぶりに解放させてやる」
その言葉に反応した斬魄刀は、次第と変形していく。
この事に驚いていた桃が、傷んだ体を起こした。
彼が斬魄刀を解放できるほどの実力者だとは知らなかった。
しかし、彼女はそれ以上に、の雰囲気が変わったことにも驚かされた。
口調が変わるという分かりやすいものだけではない。
普段は誰にでも優しい目をしていた彼は、冷たい目をしていた。
見ているだけで暖かい気持ちになれる笑顔は、敵を嘲笑っていた。
あたしの知らない君がいる。
手足を失くした虚が痛がる声を聞いて楽しむ彼を見て、桃は青ざめた。
彼女は怖がった。
相手が苦しんでいても助けようとしない彼を。
そして、そんなを知らずに付き合っていた事を後悔してしまった。
虚を退治したが、彼女の元へ戻ってくる。
桃は必死に叫んだ。
「来ないで!」
何を考えているのか読み取れない表情で、彼は立ち止まる。
桃は震えていた。
「君は、そんな残酷な人じゃないよ」
「お前の知ってる俺は、ほんの一部にすぎねぇだけだろ」
「違う。君は、あんな笑い方をしないもの」
彼女が嫌がるのを承知で、は近づいた。
桃は差し出された手を拒んだ。
「触らないで」
「死にてぇの?」
もう優しい笑みを浮かべない彼の質問で、桃は自分の怪我の深刻さを気づかされた。
目が霞んで、視界がぼやけ始める。
再度、差し出された手を見つめて、桃は考え直した。
は、だ。
どんな性格であれ、それは変わらない。
それに、彼が桃を気遣うのは今も変わっていなかった。
彼女の知るの顔で接する事はしてないが、彼女を思って手を差し伸べてくれている。
彼の桃への想いは、変わっていない。
あとは、桃がの全てを受け止めるかどうかだった。
意識が途切れそうになる中、桃は手を動かした。
-back stage-
管理:ダークな話と考えると、まず私は主人公の精神を崩壊させる傾向有り。
雛森:それを懸命にこらえた様子が見当たらないけど。
管理:最初は、もっと残酷な内容にする気だった。甘いの、全く無しの。
雛森:・・・それで、最後はハッキリと書いてないけど、それはどうして?
管理:桃が彼を受け入れたかどうかは、読み手に判断してもらおうと思ったから。
雛森:だから、それはどうして?
管理:『ダーク』だから♪
雛森:・・・この作品は、章南様のみ返品/持ち帰り可能です。
2006.10.06
ブラウザでお戻り下さいませ