結局、九月に入っても、俺は乱菊の家で世話になっていた。
what you want
〜時間だけが過ぎ去る〜
九月。
体育祭の準備で賑わう時期。
だが、今の俺には、そんな余裕はなかった。
「おい。何で、俺だけ全種目参加なんだ」
さも当たり前かのように、黒板に俺の名前が記されていく事をつっこむ。
すると、隣に座っていた檜佐木が肩に腕を回して笑った。
「ちゃんに任せておけば、優勝は確実だろ」
「だから、ちゃん付けは止めろ」
檜佐木を黙らせるが、クラスは黙らなかった。
無理矢理にでも止めさせようかと考えたが、よく考えれば良い逃げ道になるかもしれない。
桃とまだ顔を会わせづらい状況でも、これを口実にして、避ける事はできる。
あれから、俺は桃に知り合いの家にいる事を伝えたメールを一通送っただけ。
あとは、あいつが俺に何かしらの答えを出すのを待っていることにした。
だから、もし桃が俺を拒絶するなら、このまま顔を合わせないようにする。
ただの『兄』として接して欲しいなら、『兄』として家に帰る。
どちらにしろ、桃がどうしたいかをはっきりと聞きたいのだ。
「分かったよ。そのかわり、皆で優勝を狙うぞ」
「格好良いな、惚れ直しそうだぜ?元生徒会長さん」
変な事を言うこいつを指して、委員に伝える。
「檜佐木の名前も全種目に書いとけよ」
「なんで、俺が・・・」
「当たり前だろ、元副生徒会長さん?」
面倒な事は嫌だとぼやいていたが、女子が声をそろえて頼むと軽く了承する。
これで、当日の苦労は俺一人のものでなくなった。
だが、全種目はきつかったかもしれない。
部活を辞めて半年しか経っていないのに、昼休みの時間には、少し疲れを感じた。
運動があまり得意でないクラスメートを助けながらの運動だったからかもしれない。
裏庭にある日陰で休憩しようかと思って歩くと、誰かに声をかけられた。
「雛森さん、お弁当は用意しなかったんですか?」
周りに人がいるせいか、七緒さんは俺の名字で話し掛けてきた。
「用意する時間がなかった」
「では、これをどうぞ。あ、迷惑じゃなければですが」
「いいのか?」
「もちろんです」
なら一緒に食べる?と聞けば、嬉しそうに俺の後をついてくる。
久しぶりに七緒さんの笑顔を見た気がして、少し心が痛んだ。
料理が上手い七緒さんの弁当を平らげて、午後の競技をこなしていく。
疲れはたまっていく一方だったが、俺達のクラスは今の所一位だ。
次の種目を共に待つ檜佐木に、聞いた。
「あとは、何が残ってる」
「リレー」
「ということは、あと二つか」
男子リレーと混合リレー。体育祭の目玉だ。
しかし、俺は隣で平然と立っている檜佐木に疑問を抱いた。
「俺と同じだけ動いたはずなのに、なんで疲れてないんだ?」
「これぐらいでへばってたら、女の相手ができないんだよ」
なるほど。
そのための努力は怠らないらしい。
リレーは、もうこいつに任せることにした。
どうせ優勝間違いなしだ。
「ー!」
「美人保険医が呼んでるぜ」
仕方がないから、その場を去って乱菊に近寄る。
乱菊は、人が近くにいない所へと連れ込んだ。
こんな所で何の用なんだか。
「何か用があるなら、手短に頼む」
「じゃあ・・・出るな」
「短すぎ」
いいツッコミね、と笑って受け止める乱菊に早く用件を言うように言った。
「体、へばってるでしょ?無理しないほうが良いわ」
「優勝するためだ。出るさ」
「桃ちゃんと会えないからむしゃくしゃするのは、分かるけど」
賢い女ってのは、たまに余計な事を言う。
そんなんじゃないさ、と答えれば、乱菊は俺を無理矢理その場に座らせた。
「何するんだ?」
「いいから、ここに居なさい」
それだけを伝えると、乱菊は俺を放って、今度は檜佐木に声をかけていた。
少し会話をすると、お互いに離れ、檜佐木はクラスの方へ走っていった。
「あの子に、が棄権する事を伝えたから」
「は?なんで、そんな余計な事・・・」
「脚、痛めてるでしょ。我慢するんじゃないの」
そう言って、俺の脚を勝手に診察する。
「どうして、放っておいてたのよ。午前の時から、痛めていたでしょう?」
「言ったら、クラスが一斉に『自分のせいだ』と喚く気がして」
自分達が無理に俺を全種目に参加させたから、とか考えそうで怖い。
そんな事を思ってくれるクラスにいられる自分が、幸せだとは思うが。
「優しいのね、」
「煩いのが、嫌なだけだ」
楽しそうに笑う乱菊。
また一つ、笑いものにされるネタができてしまった。
-back stage-
管:桃が全く登場せず!
桃:このまま、あたしが出てこないって事は?
管:あるかもねー。
桃:えぇ!?
乱:そんなわけ、ないでしょ。
管:さぁ・・・どうだろうねぇ?ククク・・・
乱:彼女をからかって遊ぶんじゃないの。
2006.05.19
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