檜佐木の通う高校へは、難なく入学ができた。




what I wanted

の過去話 後編〜




 「本当に首席で入学してきたのかよ」


入学式を終えた俺の元に、様子を見に来た檜佐木が声をかけてきた。


 「お前が言ったんだろ。生徒会狙うなら、首席を狙えって」

 「確かに。だけど、まさか本当に出来るとは思わなかったぜ」


味方になってくれて助かった、と呟いたのを聞き逃さなかったが、俺は放っておいた。


 「まぁ、これであとは、生徒会に入るだけだな」

 「本当に入れるのか?これで」

 「平気だって。俺も裏から色々してるから、問題ないだろ」


手を回してるとは言っても、新入生の投票まで確保できてない気がするが。
それを指摘すれば、俺達以外に容姿が良い奴はいないから平気だ、と自信満々で答えられた。







檜佐木の言う通り、見事投票で一位になった俺が生徒会長、
二位になった檜佐木は副会長として働く事が決まった。
他のメンバーは全員、俺達に協力してくれたやつらで構成された。


生徒会でやるべき事は山ほどあったが、俺はサッカー部にも入部した。
本来ならば生徒会に選ばれた者は、その他の部活に参加するのは許されないらしいが、
何事も全てこなす事を条件に許してもらったのだ。
これは、新入生が生徒会長に選ばれると同じくらいに異例なことらしいが。






五月の中旬。
サッカーをしている時にそれは起こった。

チームメイトが蹴ったボールが、どこかの教室の窓を割ってしまった。
それを俺が取りに行く事になり、どの教室かを確認するために割れた窓に近づいた。
そこには人が窓際に座っていて、顔に切り傷があった。
怪我をさせた事に悪気を感じたが、彼女は近づいた俺を黙って見つめるだけで少し気味が悪い。


 「す、すみません。ガラス割ったのは俺たちです」


その人に教室の名前を聞いて、今度は戸から入って謝った。


 「本当にすみませんでした」

 「サッカー・・・好きなんですか?」


口を開いたと思えば、何を言うんだ。
だが、俺の頬は好きな物を聞かれていて、勝手に緩んでいた。


 「ええ、好きです」


これが、伊勢七緒との出会い。

結局、その後、教師による説教は七緒さんが宥めてくれて、
余分な課題を提出することで咎められることはなかった。






 「伊勢先生、質問していいですか?」


座っている椅子にもたれかかって、ぽつりと呟く。



それ以来、俺は七緒さんがいる資料室に遊びに行くようになった。
教室にいると色々な人と関わらなくてはならなくて、それが嫌だったからだ。
入学早々生徒会長に選ばれることは、人を寄せ付けるイイネタとなっていた。


 「何ですか」

 「あの時。何を考えていたんです?」


真直ぐに彼女の目を覗き込むと、視線を外した先生は小さく答えた。
あの時。俺と初めて会った時のこと。
怪我をしてるのも気にせず、何故サッカーが好きかだなんて聞いてきたのか。


 「別に何も考えていませんでしたよ」

 「食い入るように、俺の顔を見てたじゃないですか」

 「そ、そこまで見てましたか?」


その時の事を少し大げさに言ってみれば、先生は慌てた。
何か気になることでもあったのか、聞いてみる。


 「俺、先生の知ってる人にでも似てるんですか?」

 「そういうわけでは、ありません」


では、何なのだろう。
あまり深く考えずに言ってみた。


 「俺、そんなに変な顔してました?」

 「違います!むしろ綺麗な表情をしていました!」


あ、と声を漏らして俯く彼女の顔は、真っ赤で。
惚れられたのか俺は、とようやく気付くことができた。


 「伊勢先せ・・・七緒さん」


彼女の下の名で呼べば、ピクリと反応を示す。
俺は席を立ち、何も答えまいと肩を震わせる彼女を抱きしめてやった。


 「顔を上げてくれなきゃ、キスもできません」

 「何を・・・!んぅっ・・・」


開いた口に容赦なく舌を入れて、彼女を酔わせる。
キスをし終える頃には、互いに服を脱ぎ始めていた。







高校生活、最初の一年が経とうとしていた。
その頃には、家にも毎日ではないが帰るようになっていた。

だが、女を抱いた後に桃の無垢な笑みを目にすると心が痛む。
それは、ただ可愛くて純粋な妹を騙しているような気分になっているからだと勝手に解釈した。



そう思わなくなったのは、突然だった。
何をきっかけにそう思ったのかは、自分でもまだ分からない。
ただ分かったのは、妹である桃を一人の女として見ていたってことだ。
そして、俺は実の妹に恋をしてしまったんだ。



 「乱菊。お前、カウンセリングできないか?」


ただの気の迷いで済めばいい。
そんな気持ちから、高校に保険医として赴任してきた乱菊に聞いた。
昼休みの保健室は、誰もよりつかない良い場所だった。


 「専門外よ。話を聞くだけなら、できるけど?」

 「だったら、何も言わずに聞いてくれ」


それから、俺は恋をするには可笑しい人物に恋をしている事を簡潔に述べた。
まさか自分の妹だとは言えず、名前を出していなかったのに乱菊には分かってしまっていた。


 「恋をしちゃったのか、妹ちゃんに」

 「妹だとは言ってない」

 「がシスコンだってのは、すでに承知してるわよ」


足を組んで座る乱菊は楽しそうに笑ってる。


 「それがどうした」

 「だから、恋をしてはいけない人物って言えば、彼女しかいないでしょう?」


ウインクをして意味ありげに微笑む。
悟られてるのなら、仕方がない。
単刀直入に何をすべきか訊ねてみた。


 「とりあえず、女とは縁を切れば?それから、妹と向き合ってみるの」

 「そんな事で気持ちがはっきりとするのか?」

 「するかもしれないし、しないかもしれない」


曖昧なことしか口にしなかったが、次に言われた事は納得できた。


 「少なくとも、妹にの意外な一面を知られずにいられるから、良いじゃない」





確かに、女で遊んでいる事を知られては、俺が立ち直れない。
そのアドバイスを受け入れ、俺は七緒さんの元へ向かった。
皮肉な事に、彼女と初めて出会った場所に七緒さんは居た。


 「さん。珍しいですね、昼休みに此処を訪れるなんて」

 「ああ・・・大事な話があってさ」


他の女達は、まだいい。
彼女達もまた、俺とは遊び感覚で付き合ってくれているから。

しかし、七緒さんは違った。
彼女は真剣に俺の事を想っていて、俺はそれを弄んでいたんだ。


 「いきなりで悪いんだけど・・・俺、他に好きな人ができた」


できるだけ真実を述べて。
少しでも彼女を傷つけないように試みる。


 「それは、つまり、別れたいと仰ってるんですか?」

 「ああ」


黙りこくった七緒さんに、どうすればいいのか分からなくて立ったままでいる。
すると、七緒さんは窓に顔を向けて答えた。


 「分かりました。さんに迷惑かけたくありませんから」


短い時間で、別れが受け入れられる事は予想していた。
七緒さんは、そういう人だから。


 「・・・ありがとうございます、先生」


一生分の詫びを彼女に奉げたい気持ちで、俺は教室を出て行った。








 「あ、おかえり。お兄ちゃん。今日は早かったね」


にっこりと微笑む桃が、台所に立っている。
家政婦はいないのかと姿を探したが、どこにも見当たらなかった。


 「あの人は?」

 「今日は帰ってもらった。自分でご飯を作ってみたかったから」


包丁を握って材料を切っていく桃の背を見つめる。
ふと抱きしめたくなって、そっと自分の腕の中に包み込んだ。


 「お兄ちゃん?何かあった?」

 「いや。何もない」


桃の体温が、心を落ち着かせる。
このままずっと、こうしていたかった。



ああ、そうか。
桃は俺にとっては、安らぎなんだ。

だから、俺には必要不可欠な存在で。
だから、こんなにも惹かれるわけで。
妹だとか、そんなの関係ないわけだ。


 「桃」

 「何?」

 「明日さ、サッカーの試合があるんだ」


桃を解放して、微笑みかけた。


 「美味い弁当、期待してる」



その言葉に桃は笑顔で答えてくれた。








-back stage-

管理:大まかな主人公の過去話でした。
七緒:お、大まかって言ってしまって良いんですか?
管理:もっと細かい所書こうかと思ったけど、止めたのよ。
乱菊:たとえば?
管理:様と付き合い始める前と後の七緒の服装とか。
七緒:違いがあったんですね。
管理:うん、微エロ以上になりそうなほど。
乱菊:嘘は吐かない!

2006.08.18

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