「魔導器は私を裏切らない。だから、私は魔導器を愛するの」


リタは目の前にいる少年ではなく、自分に向けて言った。







Dear my friend,







 「リタ、起きて下さい。もう出発の時間です」


エステルに肩を揺すられ、リタは体を起こす。
すっきりとしない目覚めだった。
その様子に気づいたジュディスが訊ねる。


 「うなされてたみたいだけど、そんなに怖い夢を見てたのかしら?」

 「うーん。怖くはなかったけど、昔のことをちょっとね」


決して忘れたわけではない人物を思い浮かべながら答える。
それ以上は踏み入るべきでは無いと判断したジュディスは、何も言わなかった。


 「今更、アンタの夢を見るなんて・・・どうかしてるわ、あたしも」


澄み切った空気を吸い、気分を入れ替える。
今の彼女には、もう必要の無い過去だ。
捨てるべきだと、心が訴えている。
それでも、一度思い出してしまったリタは、さらに過去へ振り返された。











 「うはぁ・・・きったねー部屋だな」


みすぼらしい格好をした少年への第一印象は最悪だった。
初対面で、人の部屋に文句を言うのだから。


 「うっさいわね。どこに何があるかは分かってるから、いいのよ」

 「だけど、こうも散らかってたら、誰も遊びに来れねぇだろ」

 「誰も遊びに来ないから、問題ないわ」


何を言っているのか分からないといった顔で、リタは資料を読んでいる。


 「ところで。あんた、誰?」

 「雇われの用心棒。てか、初対面の人間にその態度はどうかと思うぞ」

 「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」


怒りのあまり、キッと少年を睨みつける。
その少年は微笑んだ。


 「やっと顔をあげたな」


どうやら、策に嵌ったらしい。
腑に落ちないリタは、名も知らない彼への印象が悪くなる一方だ。
そうさせているのは本人である。


 「俺もさ、周りが大人ばっかで嫌になってたんだ。おまえとなら、」

 「却下。あたしは、魔導器さえあればいいの。人は信用できないし、相手にしたくない」

 「へぇ、さすが10歳でアスピオに来ただけあるな。よく」

 「あんたの事なんて、さっぱり分かってないから。考えたら分かるだけのことでしょ」


馬鹿じゃないの、とあしらうのに、彼は笑うだけだ。


 「俺、自分の名前すら書けないような馬鹿だから。あ、俺、って呼ばれてるから、よろしく」


何をよろしくすればいいのか分からず、リタは素直にそれを伝えた。
すると、字が書けないような馬鹿だというのに、彼は意外なことを言う。


 「そうだな。お前って話するの得意そうじゃねぇし、研究について喋ってくれればいいわ」

 「何で、あんたが理解もできないようなことを聞かせなきゃいけないわけ?」

 「話を聞いてるのは好きだから、俺」

 「答えになってない」




それから、は仕事の合間にリタに会いに来ることが多くなった。
彼女は時間が経つにつれ、それを日常のこととして受け入れるようになっていた。

リタが忙しくて相手をしてやれない時は、に字を書く練習をさせた。
歪な形ではあるが、なんとか読めるようになるまで成長するほどに時間は経っていた。


その日も、リタは忙しかったため、に課題を出して静かに一人で研究をしていた。


 「は、どこにいる!」


突然、部屋に学者が入ってくる。
乱暴な彼らに嫌気が差しつつ、リタは答えた。


 「いないわよ。どっかをふらついてるんじゃないの?」


血相を変えた彼らが、何故を探しているのか、特に気にならなかった。
彼がたまに仕事の時間を忘れて、すっぽかしてしまうことがあったからだ。
しかし、今回は彼らは食い下がらなかった。


 「本当にここにいないか、調べさせてもらう」

 「はあ?あ、ちょっと!そこにあるものを動かさないでよ!」


無断でリタの部屋を探る彼らを止めようとするが、次の瞬間、外で騒ぎ声がした。


 「外か!」


言うや否や、彼らは飛び出していく。
リタも何事か気になり、外へ足を踏み出そうとした時だ。


 「あっちには行かねぇ方がいいぞ。毒薬を撒いたから」

 「・・・。あんた、何をしたの?」


リタは素早く身構える。
しかし、相手にするには明らかに不利だった。
彼女が得意とするとはいえ、術の詠唱中に攻撃をされては、お仕舞いだから。


 「特に何も。ここで研究してる学者の話を他人に話しただけだって」


ニヤリと笑う彼に、背筋が凍る。
用心棒としてアスピオに来たは、機密情報を漏らしていたのだ。


 「そのために、馬鹿なフリをしてたってわけ?」

 「いや。俺が馬鹿なのは、本当だって。実際、字が書けなかったろ?」


おかげさまで書けるようになったけどな。
言い終えると、彼は剣を握った。
それ以上、話すことはないとでも言うかのように。


 「あんたのことを信用してた人は、結構いたみたいだけど?」


時間稼ぎにリタは話を続けようとする。


 「当然だろ。信用してもらうには、俺も信用するのが一番だ。リタも信じてたろ」


あと、もう少し。
ぐらつきそうになる思いを隠して、リタは待つ。


 「あたしは、人を信用したことはないわよ。魔導器以外は嘘をつくって知ってるもの」

 「だからこそ、俺の友達になれたのかもな」


今だ。
リタに近づこうとしたを狙い、リタは叫んだ。


 「ストーンブラスト!」


は仰け反らないよう咄嗟に身構えるが、回避出来ずに倒れた。
岩の一つが頭に当たったらしく、額から血が流れている。


 「あー、かっこわりぃ。こんな下級魔術で倒されるとか」


抵抗する気がないは、嘲笑った。


 「リタも、ひでぇ。打ち所が悪くて、頭がクラクラするぞ」

 「そこまで喋れてるなら、問題無いでしょ。とりあえず、あんたを引き渡すから」


誰か無事な者がいないかと、外へ出るリタの背には言った。


 「俺を逃がすのか?」


には分かっていた。
リタが彼を傷つけないよう、わざと下級魔術を使ったことを。


 「あんたがどう思うと勝手だけど、これだけは言っておくわ」


リタも知っていた。
が外にばら撒いていたのが、ただの痺れ薬と睡眠薬だということを。


 「魔導器は私を裏切らない。だから、私は魔導器を愛するの」


リタはそう言って、倒れている少年と別れた。
まるで、これからは何があろうと、絶対に人を信じないと自分に誓うように。













 「リタ、本当に大丈夫です?」


気づけば、エステルが心配そうに顔を覗き込んでいた。
人を信じてみるのも悪くないと思えるようになれた、大切な存在だ。
改めてそう思うと、照れくさくなる。
リタは素っ気無い態度を見せた。


 「ちょ、ちょっと考え事をしてただけよ」


誤魔化すために、リタは腰に備えている本を開く。
適当に捲ると、そこには紙切れが挿まれていた。
彼女の記憶にはないものだ。

不思議に思いながら、挿まれた紙を見てみる。
そこには、歪な文字が書かれていた。


 【友達には、もっと素直になれよ】


リタが慌てて周りを確認する。
だが、彼女の知っている姿は見当たらない。
こんな字を書く知り合いは、一人しかいないというのに。


 「もう、リタ!ユーリ達に置いて行かれちゃいますよ!」


エステルがリタの手を引っ張って歩いていく。


 『だからこそ、俺の友達になれたのかもな』


何故か、最後の会話で言われた言葉が頭に浮かぶ。
リタは誰に言うでもなく、笑った。


 「バカっぽい」


まるで、その時に伝えられなかった想いをのせるかのように。















- back stage -

管理:短縮したつもりだが、やはり長くなってしまう。
リタ:ていうか、あんた、文才無いのに無理しすぎじゃない?
管理:言うな。書きたかっただけなんだ。
リタ:じゃあ、何も言わない。
管理:・・・。
リタ:・・・。
管理:君も素っ気無い性格してるよね。
リタ:うっさい。

2009.03.15

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